あなたの目をまじまじと見て、マジシャンの男がこう言う。”Now you see me.(確かにここにありますね)” そして次の瞬間、彼は手をひらひらさせて言う。”Now you don’t.(ほーら、消えた)” こう仕込むのがマジシャンの手口なら、アーティストのJR が手がけるのは、それと正反対だと言っていい。彼の使命は、普段隠れている存在を公にすることなのだ。

6月のイタリア。ミラノ北東のイゼーオ湖に、涼しい黄色の道が生まれた。その道は、カンザス出身のドロシーが歩いたあの有名なレンガ道と同じくらい純粋な黄色をしていて、誰もが思わずこう声を上げてしまいそうだった。“I don’t think we’re in Kansas anymore!”(「もう、ここはカンザスじゃないのね!」)

期間限定のパブリックアートは、公の場所に突如として現われ、そして撤去されていく。まるでミュージシャンが各地を転々と回り、機材を運んではギグを続けていくような感覚に似ている。それは一種のパプニングであり、観者との間にどのような相互作用が起きるか、フタをあけてみるまで分からない。

アメリカの五大湖地域に属するインディアナ州にある、インディアナポリス美術館(Indianapolis Museum of Art)。歴史・規模ともにアメリカで10本の指に入ると言われる美術館だ。その美術館から目と鼻の先にある湖には、湖面に浮かぶ白い山が見られるという。水上かまくらのようなこの白いかたまり、実は人が住めるドームハウスなのだ。

スクリーンショット 2015-11-18 14.38.13Via:artonline.jp

毎日繰り返しの生活を送っていると、私たちは今の場所から離脱したくなるときがある。例えば、街中で時間を持てあましたとき。アイスをかじったり、一人ボーっと思いにふけたりして、できるだけ自分の居場所を認知しないように努める。無意識のうちに周囲とのつながり、いわばスイッチを切っていくのだ。そうしたときの“場”とは、もはや場所ではなく、“ここではないどこか”である。

03_lizglynn_III_Front-633x422Via:redlingfineart.com

マルセル・プルーストのように時空を自由に旅し、私達の過去を思い返すことができれば、人類の歩みはより豊かになるのでは、と思う時がある。彼は日常生活における些細な知覚体験から、何がしかの記憶を蘇らせ、それを真に生きるプロであった。しかし一般には、時空という概念は大いに示唆的であり、SF的だと捉えられる場合が多い。過去とはタイムマシンに乗って見に行くものであり、しかも実際にそこに行ったら、決してその後の時間軸を変えるようなマネをしてはならない、というのがお決まりである。過去は過去、現在は現在。歴史には介入するなという掟だ。

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