「冷たい食事」がもたらす温かな食卓。ドイツ流カルテスエッセンのすすめ

“愛のこもった料理”のイメージは手作りかつ温かい料理?

https://images.unsplash.com/photo-1680137248903-7af5d51a3350?q=80&w=2070&auto=format&fit=crop&ixlib=rb-4.0.3&ixid=M3wxMjA3fDB8MHxwaG90by1wYWdlfHx8fGVufDB8fHx8fA%3D%3D

誰かを料理でおもてなししたいと思った時、あれやこれやと試行錯誤しながらレシピを検索し材料を購入する。そして、少しでも手の込んだ料理をと考えて、相手の来る時間に合わせて調理をし、温かいうちに食べてもらえるようにする…。

自分の食事ともなると少々ズボラだが、誰かとの食事で相手をもてなすとなると”手作り”かつ”温かい”料理を提供することで気持ちが伝わる。そうイメージする方はきっと私だけではないだろう。たとえ市販品でも”何か一手間”とか、温かい料理が少し冷めてしまった料理は”温め直す”など、料理に手を加えること、そして提供までの時間がなるべく短く温度が保たれていることは日本に暮らす私達の多くが食事に対して抱く愛のこもった料理の象徴とも言える。

しかし、果たして手作りかつ温かい料理だけが愛のこもった料理であり豊かな食事時間をもたらすのだろうか?

ドイツ流の冷たい食事!?”カルテスエッセン”とは?

https://images.unsplash.com/photo-1579445760340-dd21b6136c66?q=80&w=2069&auto=format&fit=crop&ixlib=rb-4.0.3&ixid=M3wxMjA3fDB8MHxwaG90by1wYWdlfHx8fGVufDB8fHx8fA%3D%3D

日本から遥か9000㎞。サッカーとビールのイメージが強いドイツには”カルテス・エッセン(Kaltes Essen)”と呼ばれる食事がある。冷たいを表す”Kaltes”と食事を表す”Essen”が組み合わさって出来た単語で、その名の通り“冷たい食事”を指す。カルテスエッセンは、温かい料理が冷めてしまったのではなく、元々冷めている料理のことを示す。

とりわけ夕食で出されることの多いカルテスエッセンは、基本的にバターとパンがあれば準備完了である。家庭によっては、加えてハムやチーズ、サラダを店で購入してきた状態のままカッティングボードや大皿に乗せてテーブルに並べることが多い。
各自がパンを取ってバターを塗る。好みでハムやチーズ、野菜を好き勝手にパンに乗せて食べる。各々が“勝手に”食べる形式ゆえに、基本的には取り分ける手間もなく、ものの5-10分で準備が完了するのが特徴である。

ドイツ人は食事に“休息”を求め、準備や後片付けに“効率”を求める。

https://images.unsplash.com/flagged/photo-1556438758-df7b9e0c0fe4?q=80&w=2074&auto=format&fit=crop&ixlib=rb-4.0.3&ixid=M3wxMjA3fDB8MHxwaG90by1wYWdlfHx8fGVufDB8fHx8fA%3D%3D

しかし、なぜドイツ人の間ではこれほど調理や準備の手間を省いた食事が文化として根付いているのだろうか。理由の1つにドイツの国家全体の特徴として朝が早いことがあるという。役所や学校は基本的に朝8:00から始業のドイツでは、3食のうち朝昼にしっかりと食べ、活動量の少ない夜は胃への負担を軽くするために、ごく簡単に済ませるという。
しかし、それ以上にカルテスエッセンの根付く背景にはドイツ人が食事を“休む時間”と捉え、そのために準備や後片付けを効率的に省略化することを求める気質に由来するという。

①食事時間を“休息時間”と考えるドイツの人々

ドイツの人々にとって、夕食の時間は忙しい1日を締めくくりゆったりと過ごす時間であり、何よりも家族全員が極力揃うことを重要視する大切な時間である。そのため、手の込んだ料理を食べるよりも準備時間が短くて済むカルテスエッセンで皆が揃って食べることの方が多い。
調理に時間がかかって、1日の終わりをゆっくりと過ごせないことよりも、カルテスエッセンによってより長い休息時間を取ることが出来る方が圧倒的に大切なのである。

②食事の片付けを効率的に省略化するドイツの人々

高圧洗浄機で有名な「ケルヒャー」や、食洗器で名高い「ミーレ」などドイツには家事を省略化する事を目的とした家電メーカーが多数存在する。ドイツの家庭のおよそ70%で食洗機が導入されているというデータもあるそうで、こうした家電製品の導入によって、食事の後片付けを極力省略化させることを目的としている。

このように、ドイツの人々が食事において大切にしているのは、手間暇かけた料理よりもゆっくりと休息時間を確保することなのである。そのためにカルテスエッセンによって準備を、食洗機によって後片付けを省略化させている。手の込んだ食事に価値を見出す日本と、手間を省略化させ休息時間を確保することに価値を見出すドイツ。両者を比較すると、ドイツ人の方が2時間半近く睡眠時間や夫婦の時間といった休息時間を確保しているというデータもあるそうだ。

カルテスエッセンは“質素”な食事ではなく、 “食材そのもの”の奥深さを楽しむ食事

https://images.unsplash.com/photo-1573481078935-b9605167e06b?q=80&w=2071&auto=format&fit=crop&ixlib=rb-4.0.3&ixid=M3wxMjA3fDB8MHxwaG90by1wYWdlfHx8fGVufDB8fHx8fA%3D%3D

準備の手間暇をかけず、簡単に食べられる食事。こう表現すると、カルテスエッセンに対して何だか質素で貧しい食事という印象を抱くかもしれない。しかし、決してそうではない。決して、パンにチーズにソーセージなど、決して食材の幅は広くはないが、それぞれの食材に奥深さがある。さらに、料理自体に手間をかけることはしないが、食材1つ1つの質にこだわりがあるという。

①食材の幅よりも、 “1つ1つの食材の奥深さ”を追求する

カルテスエッセンの主役であるパン。ドイツではライ麦を使用した黒パンが主流である。世界一種類豊富と言われるドイツパンは、ライ麦と小麦の配合比率によって異なる名称を持つ。かぼちゃやひまわりの種、無花果などのドライフルーツが入っていることも多く、パン毎に異なる食感を楽しめる。
他にも、ドイツと言えばのイメージが強いソーセージは地方や町ごとに個性的な燻製文化を持つ。ゆえにその種類は1500以上に上ると言われている。さらに、チーズは国民1人当たりの年間消費量はおよそ、24.3kgと日本の2.4kgを遥かに上回る他、スイスの21.5kgも上回る数値である。スーパーには野菜コーナーや鮮魚コーナーと並んでチーズコーナーが存在し、その種類の多さが伺える。
このように、食材幅自体はそれほど多くないカルテスエッセンであるが、食材ごとの奥深さがあるため毎回の組み合わせを楽しむことが出来そうだ。

②食材そのものの“質”にこだわる

日本で“栄養満点”という前置きがつくことはすなわち手の込んだ料理を想像するに相応しい。しかし、ドイツでは料理以前の食材を選択する段階での“食材の質”にこだわりがある人が多いという。「BIO」と呼ばれ、オーガニック商品や有機農業の製品を表す食材があることなど、独自の基準を設けるEU内でもドイツはさらに厳しい基準を持つとされている。しかし、決して“意識高い人が購入する”あるいは“専門店でないと入手できない”という事はなく、大衆向けのスーパーでも気軽に手に入れられるのが特徴である。

このように、カルテスエッセンは単に簡素な食事ではなく数ある食材ごとの種類を組み合わせ、食材1つ1つの質にこだわった料理なのである。

手抜きではなく、手間抜きの“カルテスエッセン”のススメ

https://images.unsplash.com/photo-1554998171-89445e31c52b?q=80&w=1878&auto=format&fit=crop&ixlib=rb-4.0.3&ixid=M3wxMjA3fDB8MHxwaG90by1wYWdlfHx8fGVufDB8fHx8fA%3D%3D

日本で暮らす私達がイメージする気持ちのこもった料理と言えば、手作りかつ温かな料理。そして、今回紹介したドイツの人々にとって食事は休息時間であり、そのために用意される、準備に手がかからない冷たい食事。決して、どちらかが正解・不正解という事はない。
しかし、食事の楽しみ方は決して一辺倒ではない。また、カルテスエッセンと一口に言ってもその楽しみ方はさらに様々である。事実、ドイツの書店ではカルテスエッセンにちなんだレシピ集や雑誌が数多く並ぶ。

そこには、食材のバリエーションの組み合わせは勿論だが、美しい盛り付け方やテーブルコーディネートに至るまで。いかに“カルテスエッセンを楽しむか”のヒントがちりばめられているという。

調理ではなく食材自体へのこだわり、誰かと食事時間を共有すること。これまでとは少し違った“食事の楽しみ方”を見つけてみるのはいかがだろうか?

【参考文献】
今村武「食事作りに手間暇かけないドイツ人、手作り神話にこだわり続ける日本人」ダイヤモンド社 2019年