拝啓:夏にこそ美味しいお米の郷土料理の存在をまだ知らない皆様へ

とある不思議な人の話。

各地の精米店やおむすび屋さんを巡る中、出会った精米店にて修行を開始。土鍋での炊き方からおむすびの握り方のイロハを学ぶ。お米の魅力にどっぷりと浸かった挙句、20種以上の品種を食べ比べ自分でブレンド米を作成し販売。そのブレンド米で握ったおむすびをマルシェにて販売する…。ほんの数行で伝わる異常なほどの米愛のある人物。何を隠そう。これは私のことである。

夜な夜な自前の土鍋と羽釜をセットし、ウキウキして朝を迎える。炊飯の湯けむりが私にとってのおはようの合図…。しかし、そんな私に待ったをかけるかのような真実。実は、こうした家庭内で食される米の消費量が減少。9月から10月にかけての新米時期限定の「季節商品化」している。そんな実態をご存じだろうか。

家庭内で消費されるお米の量は減少している?

そもそも、「コメ」と一口に言っても大きく5つ分類される。今回はコメの中でも特に主食用のコメ。中でも私が日々魂を込めて炊飯し、消費する「家庭内米」について着目する。

参考:論文「日本人はなぜコメを食べなくなったのか?~コメ消費減少の要因分析~」を基に作成
参考:論文「日本人はなぜコメを食べなくなったのか?~コメ消費減少の要因分析~」を基に作成

この、家庭内米。以下の世帯あたりの購入数量を比較した調査から分かるように、年々その数量は減少している。(購入数と消費量は相関性が高いと考えた)

参考:総務省「家計調査」家計収支編 二人以上の世帯を基に作成

2013年から、2019年にかけての6年間での減少量は約13kg。つまり、月々約1kgずつ減少しているという事になる。米好きとして、このグラフ作成に心底胸が苦しくなった。ではなぜ、家庭内米が減少しているのだろうか。その背景を探ってみた。

消費量減少の背景にある2つの要因

2つの要因があると考えられる。1つ目はそもそも国内で主食の消費量が全体的に減少していること。2つ目がパン・麺類といった米以外の主食へのシフトだ。

参考:論文「日本人はなぜコメを食べなくなったのか?~コメ消費減少の要因分析~」を基に作成

まず、主食全体の消費量の変化を見てみる。

参考:総務省「家計調査」家計収支編 二人以上の世帯を基に作成

すると、2013年から2019年にかけての6年間で米・パン・麺類全体の主食購入数量は約14kg減少している。
確かに最強に米好きな私でも、あまりお腹が空いていない時はお米に断りを入れ、焼き魚と納豆で済ませてしまうこともある。近年の糖質制限やカロリー摂取を抑える風潮も理由として挙げられそうだ。

そして、2つ目の要因である、主食の多様化。各年の主食全体に対するパン・麺類(米以外)の割合を抽出した。

参考:総務省「家計調査」家計収支編 二人以上の世帯を基に作成

ゆるやかではあるが、その割合は増加している。2013年の51%から2019年には56%に増加。つまり、主食としてパン・麺類を選択する人の増加が米の消費量減少と関連していると考えられる。料理における時短化の風潮や、世帯人数の減少に伴って手早く1人分の調理ができるパスタやうどんを選択する。あえて炊飯に時間と手間をかけたくない。こうした思惑と関連がありそうだ。

このように、主食をそもそも摂らなかったり、主食の選択肢が多様化したことで家庭内米消費量が減少していると分かる。つまり、「“わざわざ”時間をかけてまで米食を選択する理由がない」ことが家庭内米の消費量減少の背景にあるのではないだろうか。だが、そんな家庭内での米離れが進む中”わざわざ”お米を炊いて食べたい。そんな風に多くの国民が思う時期がある。そう、「新米」の季節だ。

お米は新米時期だけの「季節商品化」している?

月間購入数量の推移に着目すると9月〜10月にかけての時期だけ、購入数量が突出していることが分かる。

参考:総務省「家計調査」家計収支編 二人以上の世帯を基に作成

食欲の秋に新米の季節を迎えるお米。季節を問わず、お米が食べたくなる私だが、10月は特にお米を欲する度合いが増す。2020年の7月と10月の消費量を比較すると、その差は約2.8kg。そしてこの傾向は2020年に限ったことではない。

参考: 総務省「家計調査」家計収支編 二人以上の世帯 /「政府統計の総合窓口」を基に作成

2015年の7月と10月の消費量を比較するとその差は約4kg近い。つまり、普段はお米を食べない・若しくは食べる頻度が少ない人であっても新米の時期になると“わざわざ”お米を食べたくなるのである。このように、おせちやクリスマスケーキとまではいかないものの、お米は「新米の季節のもの」と「季節商品化」していると言えそうである。
普段はそもそも主食を摂らなかったり、主食に「米食」という選択肢を選択しない人々にとっても、新米の季節に限っては「ちょっと米食べっか」とか、「今日、米にしない?」という気持ちになるのかもしれない。

新米の季節でない今の時期こそ、暮らしにお米を取り入れたい

たしかに、新米の季節のお米は美味しい。これはもう揺るぎない事実である。昨年の10月から食べ続けてきた私が胸を張って宣言する。
しかし、日本各地の食卓事情を覗いてみると、新米の季節でない夏本番の今こそ“わざわざ”お米を炊いて美味しく食べる工夫が施されているお米料理が様々ある。夏の食材を取り入れたり、田植え終わりのお祝いの席で食べるお米料理。初めて見るような食べ方。今回はそんな郷土料理の事例を2つご紹介する。

⑴「まご茶漬け」食べるら?

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「まご茶漬け」は静岡県の伊豆地方に由来する郷土料理だ。鮮度のいいアジが出回る夏に、アジを叩いて薬味と共にご飯に乗せ、熱い出汁(若しくはお茶)をかけた一品。「まご茶漬け」の名前は料理が漁の最中に船上で食されていた漁師飯であったことから、「まごまごしないで早く食え」という意味に由来する。魚の水揚げ量が多い駿河湾近郊の地域ならではのお茶漬けである。作り方も、材料も至ってシンプル。

まご茶漬けの材料・レシピ》おおよそ2人前
ご飯…1合分
アジ…既にたたいてあるものでも良し。釣ってくるも良し。
(A)醤油…小さじ2
(A)生姜…すりおろしをお好きな量(約1片分)
(A)いりごま…小さじ1
お好きな薬味(大葉やみょうがなど)…お好きな量
顆粒だし…小さじ2
熱湯…好みの量
①たたいたアジに(A)を混ぜ、炊いたご飯の上の豪快に乗せる(気分は漁師の如く)
②薬味を思う存分乗せたら、顆粒だしと熱湯を回しかけて完成。

実際にまご茶漬けを作って食してみた。

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釣ってくる程の時間をかけられなかった自分を恥じたい気持ちもありつつ、スーパーでなかなか美味しそうなアジを入手出来たのだからもはや後悔はない。
アジに絡んだ生姜醤油が食欲を掻き立てる。胡麻の風味、刻んだ大葉の香り。薬味をこんなにも美味しく感じられるようになったのはいつからだろうか。「まごまごしないで早く食え!」そんなことを言われなくても気付けばお茶碗は空っぽだった。
もはや新米の時期には、なかなか味わえないこの爽やかなお茶漬け。手軽に作れ、漁師気分を疑似体験出来てしまう。ぜひ暑い日の昼ごはんにいかがだろうか?

⑵「こざきねり」食わねが?

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江戸時代から食されていたと言われる「こざきねり」は秋田県横手市を中心とした南部の郷土料理である。お米を用いたスイーツで、お米を砂糖で煮詰めたおかゆに近い食感の料理である。ただ、冷やして食べる点が新感覚かと思う。
「こざき」とは砕けた米の事を指し、玄米を精米しもみ殻を取り除く際に発生する砕け米やくず米を使用していたことに由来する。現在では、もち米が広く使用されることが多い。

人が集まる冠婚葬祭の場でのおもてなし料理・お茶請けの一品として親しまれていた料理であるそう。ちょうど、6-7月にかけて行われる田植え終わりを祝う「早苗饗(さなぶり)」と呼ばれる集まりにて、出されることが多い一品だそう。

こざきねりの材料・レシピおおよそ2人前
もち米…1合分
水…700ml
砂糖…大さじ4
塩…小さじ1
米酢…大さじ3
好きなフルーツやきゅうり…好みの量

①もち米を1時間浸水させたのち、すり鉢やミキサーですり潰す。
②すり潰したもち米を水と共に、鍋に入れて中火にかける。
③砂糖・塩を加えて全体にとろみがつくまでしばし待つ。全体が透明がかる頃、米酢を加えて火を止める。
④粗熱をとり、冷蔵庫で30分ほど冷やしたらきゅうりや季節のフルーツを乗せて完成。

実際にこざきねりを作って食べてみた。

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スイーツ感覚のお粥。作っている間もやや、疑心暗鬼になっていたのはここだけの話。食べてみてその清涼感に驚かされた。かつては冷蔵庫がなく保存料の代わりに酢や砂糖で味付けをしていたそうだが、このほのかな甘みが絶妙に美味しかった。粘り気のある食感も、食欲が落ちている時にも食べやすそうだと感じた。新発見の味わいと、この季節ならではの美味しさに思わずリピートを確信した。

まご茶漬けにこざきねり。どちらも材料や味わいは全く違えど、この時期にピッタリなお米料理だ。確かに、米を炊くのは手間かもしれない。新米の時期にこそ惹かれる食材になってしまっているのかもしれない。しかし“わざわざ”お米をゆっくりと炊いて。新たな米料理を味わってみてはいかがだろうか?きっと、米に憑りつかれて夜な夜な自前の土鍋をセッティングする日が…訪れるかもしれない。

参考文献
なぜ食べない!コメの消費が減り続ける真因 食の多様化の「犠牲」になっている? | 食品 | 東洋経済オンライン
日本人はなぜ コメを食べなくなったのか
1世帯当たり1か月間の購入数量の推移
「米(こめ,稲)」の月間・年間の一般消費動向 | 購入量・支出価額・平均価格 | ジャパンクロップス
まご茶漬けのレシピ・つくり方 | キッコーマン | ホームクッキング
千葉県の「鯵のまご茶漬け」 | クラシル | レシピや暮らしのアイデアをご紹介
まご茶漬け 静岡県 | うちの郷土料理:農林水産省
お米のスイーツ こざきねり|地産DEレシピ|食と農からのまちづくり|秋田県横手市
秋田)農家の知恵が詰まった伝統食 秋田のこざき練り