ウェルビーングな「サルトジェニックデザイン」とは~病院建築から学ぶ健康的空間~
あなたは病院の建物にどんなイメージがあるだろうか。
特に大きい病院では白を基調とし、無駄がないシンプルなイメージがある方も多いだろう。病院にはたくさんの人が出入りし、中にはそこで生活の場をする人もいる。利用者の病気やケガだけでなく、パーソナリティも人それぞれ。
そんな中でサルトジェニックデザインの病院建築(医療建築)は、精神的にも、肉体的にもストレスのないフェアな空間づくりがされている。
今回は「サルトジェニックデザイン」とは一体どんな考え方で、どんなデザインを適用しているのか。健康的空間作りのコツを見つけ出していこう。
サルトジェニックデザインとはどんな考え方?
そもそも「サルトジェニックデザイン」とはどのような考え方なのだろうか?
サルトジェニックデザインは、医療社会学のアーロン・アントノフスキー教授が作った「サルトジェニクス」という概念によって生まれた。
今まで病院建築の上では、病気を治す・悪化させないというように「病気の要因」に焦点を当てるようなモデルだった。しかし、サルトジェニックデザインはヘルスケア、メンタルケアができるような「健康の要因」に焦点を当てている。
サルトジェニックデザインの重要な概念として「一貫性の感覚」というものがある。
これは、自分がどんな状況でどんなところにいるかについての「理解しやすさ」 、患者は自分を、スタッフが患者をコントロールしやすくなる「管理のしやすさ」、暮らしの中で有意義さを得る「意味ある感覚」の3つによって、心身の健康が促進されるというものだ。健康だけでなく、病院としての生産性、効率性の促進にも重点を置くことで、患者だけでなくスタッフまでもウェルビーングに過ごせる環境を提供する。
続いてはこれら一貫性の感覚を構成し、サルトジェニックデザインを利用している世界の病院建築を見ていこう。
ニュー・レディ・シレント小児病院(オーストラリア)
オーストラリアはブリスベンにある「ニュー・レディ・シレント小児病院」のデザインコンセプトは”生きた木”。構造的に垂直の幹となる2つの空間から、そこから放射状に各階が構成され、空間がネットワークとして広がっている。
放射状で枝となる階は、外の街路との境界線を越えるような構造だ。ここにはバルコニーがあり、ユーザーが都市を眺めることができるようになっている。
建物の外側と内側に使用されている色はクイーンズランド州特有の落ち着いた中間色や鮮やかな緑の風景に由来し、屋内と屋外を繋ぐような構造に。自然光を取り込むことや、外との繋がりを持たせて「理解しやすさ」も充足し、ノンストレスで開放感ある生活を提供し健康を促進しているのだ。
この病院の特徴は患者である子供たちが「意味ある感覚」を持てるよう、2次元、3次元のアートをいたるところに使用し、魅力的で楽しく過ごせるような生活の提供にも徹している。
また、子供たちも分かりやすい明確な館内の構造にすることによって、患者たちやスタッフにとっての「管理のしやすさ」もしっかりと取り入れている建築例である。
GPスーパークリニック(オーストラリア)
オーストラリアのカブルチャーにある「GPスーパークリニック」は、”健康であること”と”健康を維持すること”に重点を置いている。ポジティブな体験を促進するデザインによって、病院自体が存続できる可能性を拡張したのだ。
癒しと休息を得られるのが、院内の庭園、魚がいる池、アトリウムなどの要素だ。自然と生命に囲まれていることで有意義な時間を過ごしているという「意味ある感覚」を育み、活力とリフレッシュの両面を補うことができる。光、空間、風、人間工学、そしてそれがどのように使用され効果を生むのか熟考されているのだ。
子供たちは特に自分が何故病院にいるか、病院がどんなところかもわかりにくいだろう。そのような中で時間を過ごすのは、子供にとってストレスになり得る。そのストレスを軽減し、また楽しさも与えるエリアを作ることで「理解しやすさ」と「意味ある感覚」を補っている。
また子供が遊べるようなエリアが設けられるのは、スタッフや親にとって「管理のしやすさ」が得られる。ヘルスケアにおける健康と幸福を促進し、病気を引き起こす要因ではなく、人間の健康をサポートする要因に焦点を当てることで利用者に一貫性の感覚を持たせている建築例なのである。
病院でもウェルビーングに過ごせるのが「サルトジェニックデザイン」
病院は寝泊まりする人もいれば、出入りする人もいる。特定の人や決まったジャンルの人だけが来るわけでもない。そこで「サルトジェニックデザイン」が生きてくるのだ。誰かの病気を治そうしたり個々の病気の要因にアプローチするのは難しいが、1人1人が健康になるための要素を提供することはできる。
ずっと病院で過ごさなければいけない人にとっても、そこにいるだけでウェルビーングに過ごせるサルトジェニックデザインは、日本の病院でもヒントになるかもしれない。またこの有意義なデザインを、病院のみならず住居や他の建築にも活かせれば、更に健康的な生活を手に入れられるのではないだろうか。