第1回:フィーリングだけの引越し|葉山暮らし

葉山町にある一色海岸
葉山町にある一色海岸

はじめまして、渡部(わたなべ)です。

YADOKARIを運営している有能な後輩、さわだくんと上杉くんのご要望により、
お恥ずかしながら記事を連載させていただくことになりました。
つたない文章にお叱りを受ける覚悟で公開させていただきます、ご容赦ください。

僕は、今から8年前の2005年8月に、
東京都武蔵野市吉祥寺から神奈川県三浦郡葉山町に引越しました。
その頃はまだ東京都港区のウェブ関連会社に所属していた頃です。

会社に通いやすい都内からなぜ遠方の葉山町に引越したのか。
そのあたりから書き始めて、最終的には引越しを考えている方の参考になればとのことなので、
お役に立てるよう、すこしずつ丁寧に書いていけたらと思います。

葉山町お生まれの方や、古くからお住まいの諸先輩方に敬意を表して。

都内での勤務


2005年の4月頃、都内で暮らしていた僕は、
30名ほどが所属するベンチャーのウェブ関連会社で働いていました。
2000年の創業時にたったひとりの社員でしたので、小さな会社ながらも古株です。

新しい社員のサポートや、新規事業に携わる毎日で、仕事は充実していました。

週末には、日頃の息抜きも兼ねて、
井の頭公演に散歩に行き、スターバックスでコーヒーを飲み、
気が向いたら何か買い物に行く、というような過ごし方をしていました。

そんな週末、コーヒーを飲んでいるときや、書店で雑誌を立ち読みしているとき、
よく、半年程前に友人と行った鎌倉のサーフィンスクールのことが記憶に浮かび、
サーフボードにはうまく乗れなかったものの、終わった後の爽快感や、
海があり、高い建物の少ない町の雰囲気のことを思い出しては、
また行きたいなぁとぼんやり考えたりしていたことをおぼえています。

会社での出来事と、賃貸の契約更新日


2005年の6月頃、会社でまかされていた事業がうまく動かず、
気持ちが沈みがちの日々が続いていました。

またそんな折、賃貸の契約更新日が近づいていました。
新築でとても綺麗なアパートでしたが、作りがコンパクトで、
心のどこかでは毎日窮屈さを感じていたような気がします。

自分の力不足で沈みがちになった気持ちと、どこかで窮屈さを感じている部屋。

そんな気持ちに呼応するように、
東京の日常とは全く切り離された鎌倉の記憶が頭に浮かび、
遠い地にある海のことを思い出し抱えていたもやもやがスカッと晴れた僕は、
「週末、鎌倉に物件を見に行ってみよう。」と思い立ち、
気持ちが明るくなりました。

当然、鎌倉に引越すこと自体、リアリティが薄いので、
ただ単純に、突然決まった観光計画にわくわくしていたのだと思います。

鎌倉から逗子、葉山へ


次の週末の朝8時に、何も調べないまま、鎌倉へ向かいました。
どの路線を乗り継いだのかはまったく記憶に残っていません。

朝10時頃JR鎌倉駅に着いた僕は、
とりあえず賃貸情報を見せてくれる不動産屋を探そうと、
駅前を歩いて見ることにしました。

鎌倉駅の東口に出て何もわからず小町通りを歩いたのですが、
その人の多さにびっくりして、これは都内と変わらないぞと思ってしまい、
鎌倉で住むのはよそうと一瞬で決断してしまいました。

いま考えると、観光によい季節なので人が多いのは当然ですよね。
そのときの僕はとにかく極端に開放感を求めていました。
もっと色々歩けば、鎌倉はとてもいいところだとわかったのになぁ…笑

そのままきびすを返してJRに乗り直し、
もうひとつ先の「逗子」に行けば鎌倉よりはすこし人は減るだろうとたかをくくり、
逗子駅に降りました。

東口のロータリーに出ると、当然鎌倉の小町通りよりははるかに人通りは少なく、
ほっとした僕は、そのまま3件ほどの不動産屋を訪れました。

「物件を探しているんですが。」

先の2件では良い物件が見つからず、
3つ目に行った不動産屋で、最初に紹介された近所のアパートを見ましたが一旦保留。
その後も30分くらい色々話していると、担当の方が奥から物件情報を持ってきて、
「葉山ってバスで20分くらいのとこだけど、さすがに遠いよねぇ?」と聞いてくださいました。

都内から鎌倉まで来たこと自体がすでに遠かったので、
ここからバスで20分距離が伸びることには抵抗が薄まっている僕の、
「すぐに見に行きましょう」という言葉に、車で連れて行ってくれることになりました。

フィーリングがしっくりきたから。


逗子の商店街を抜けて、海線・山線とある道路の山線を車で15分。
小さなトンネルをくぐると、葉山町が現れます。
山線を走っているあいだは海は見えないので、
案内される物件に着くまで海を一度も目にすることはありませんでした。

案内された物件は、「サーフ葉山」というそれまたその通り!という名前のアパート。
1階と2階にそれぞれ3世帯が住める趣のあるアパートでした。

今回紹介してくださるのは2階奥にある部屋。
カンカン言う階段を登り、担当者さんに開けて頂いたドアをくぐり部屋に入りました。

引越し後のリビング
引越し後のリビング

「広っ!」最初の印象はとにかく「広い」でした。
普通の給料・普通の暮らしの僕にとっては、12畳のリビング・キッチンと、
6畳・6畳ずつの2部屋、お風呂とトイレは当然別で、
リビング一面に広がる窓とその向こうの森は、いままでとは別世界の居住空間でした。

引越し後の、リビングから見える目の前の緑
引越し後の、リビングから見える目の前の緑

ただ、当然家賃は相当のものだろうと思い、担当者さんに伺ったところ、
11万円だったところを、なかなか決まらないので駐車場1台込みで10万円になるとのこと。
いままではそれ以上払い、もっともっとコンパクトな部屋で暮らしていた僕には、
十分に納得のいく内容でした。
(長く暮らしていると、その金額以下でも戸建物件がたくさんあることを知るのですが、
その頃の僕にはわかりませんでした…笑)

その後、心が決まったらお電話しますとお伝えし、
海を見てみたいからと、逗子までお送り頂けるところをその場で別れ、
歩いて近くの海まで行ってみることにしました。

葉山御用邸を抜けた先にあった、一色海岸。


紹介頂いたアパートから海のありそうな方向へ歩いてみると、
なんと5分もかからずに、向こうに海がありそうな道にでました。

どこから海へ行けばいいのかうろうろしているうちに、
そこは有名な葉山御用邸の前でした。
警備をされている警察の方に「海はどちらですか?」と伺ったところ、
その先を左に曲がったら、海への道ですと教えて頂き、
僕は、葉山御用邸の正面向かって右の道から、一色海岸へ初上陸することになりました。

葉山御用邸の脇から抜ける海への道
葉山御用邸の脇から抜ける海への道

自分の力不足で沈みがちな気持ちの僕に、
この、海へ続く道はあまりにも素敵すぎました。

ひとりで、ゆっくり砂を踏みしめて、
海へ海へと歩きました。
一歩ずつ海が近づくにつれて「ドキドキ」していました。

波に光る砂浜
波に光る砂浜

石の階段をくだり、眼前に広がる海を見て、
大げさではなく一瞬で「あぁ、ここに住んだ方がいいな」と思いました。
そのとき、まだ勤務していた会社への通勤や、今までと変わることで起こる様々な問題は、
ひとつも頭に浮かんでいません。
ただ、心がほどけたから、ここに住もう。それだけで、不動産屋に契約の電話をしていました。

(注)2013年現在、同エリアの平屋に引っ越しています。