【インタビュー・前編】電力の完全自給自足、サトウチカさんの「オフグリッド」という未来の暮らし方
2011年に起きた東日本大震災からの福島第一原子力発電所の事故を機に、今までの価値観が崩れたというサトウチカさん。
「このままではいけない」という思いから生き方を変え、太陽光パネルを設置し電力会社と契約せずに自宅で電力を自給自足する「オフグリッド」生活に踏み切った。
その暮らし方は閉塞感を抱える現代社会の注目を集め、各メディアの取材もあとを絶たない。
今回はそんなサトウさんに電力完全自給自足を始める契機となった「あの日」の事故から、オフグリッド生活で生まれた気持ちの変化についてお話を伺った。
・日本メディカルハーブ協会認定ハーバルセラピスト
・日本メディカルハーブ協会認定ホリスティックハーバルプラクティショナー
「お金があれば何でも手に入る、幸せになれる」価値観が崩れた日
2011年3月11日、都内の勤務先で地震に見舞われ、2時間歩いて帰宅したサトウさん。ところが自宅エリア一帯が停電し、お金があっても電気が買えず、食料も買い占められていて食べるものすらない経験をしたことで、お金に100%依存している生活に危険性を感じたという。
以来、電力や社会、地球について深く調べるようになり、環境活動家・田中優さんの著書『原発に頼らない社会へ』と『地宝論』に出会い、まったく新しい生き方があることを知った。
「これらの本に触れて『家で電力を自給することで、電力会社に依存してるが故の環境破壊や人々の犠牲を強いる社会から抜け出せる』と考えるようになり、エネルギーや食料を自給する家庭を思い描くようになりました」
しかし当時住んでいたマンションは半年前に新築で購入したばかり。もどかしい思いを抱えながらもアンペアダウンや節電など、できることから始めていたが、『もっと自然と調和した暮らし、土を得ることによってできる生活』の実現に向けて2013年の暮れに動き出した。
あえて都会で電気と野菜を自給自足する意味
サトウさんは、不動産会社に希望を伝えて首都圏での土地探しを依頼したが、「田舎に行かなければ無理」と数社からは相手にされなかった。それでも辛抱強く東京や横浜エリアにこだわった理由をサトウさんはこう語る。
「主人の仕事の関係で首都圏を離れられなかったこともありますが、私たちが都会で電気も野菜も自給自足することが可能だと証明できれば、後に続く人がきっと増えるはず。あえて都会でオフグリッド生活をすることが、新生活の軸のひとつでした」
その後も、信念を曲げずに探し続けた結果、ある不動産会社が紹介してくれた横浜の土地に一目惚れし、購入を即決してこの地で新しい生活を始めることを決意した。
完全オフグリッド生活の決め手となった電柱問題
電気が底をつくことへの不安から、電力会社とまったく繋がらない完全オフグリッド生活に踏み切るには、相当な勇気が必要だ。そのため新居では電力を自給自足するつもりではいたが、当初は非常時のバックアップで電線だけは引いておくことを検討していた。しかし敷地内に電柱を建てなくてはならないという問題が浮上。新しく手に入れた土地の意味について改めて考えさせられた。
「電柱を建てるために直径30cmの土地を電力会社に貸すのですが、そのスペースでどれだけの野菜を育てることができるのかと思うと、とても悩みました。限られた土地、大切な土地なのによそ者の何かが建つことに強い違和感もありました」
夫婦で相談した結果、「敷地を貸してバックアップの電線を引くくらいなら完全オフグリッドをやってみよう」という結論に達し、電力会社と一切繋がらない生活を決意する。しかし敷地内に電柱を建てる必要がなかったら……とサトウさんは当時を振り返る。
「たぶんバックアップを繋げていたと思います。電気はライフラインのひとつに挙げられるほど現代社会に不可欠のものですから、完全オフグリッドにはかなりの覚悟が必要です。バックアップを選んでいたら本当の意味でのオフグリッドではないので、その後の生活で見えてきたものはまったく違ったはず。結果論ですが、電柱問題があって良かったと思います。だからこそ完全オフグリッド生活に踏み切ることができ、自立した電力の”独立国”を得られたのですから」
完全オフグリッド生活の初年度は試行錯誤の繰り返し
原発事故からの節電で電気料金を3,000円/月まで落とす知恵もノウハウも培ってきたが、電気の使用を抑えるために電子レンジを使わず湯煎で料理を温めたり、エアコンではなく床暖房を使った結果、初年度はガス料金が増えてしまった。
「電気は太陽光パネルで作れるし、天の恵みで自然に負荷をかけずに得られるのに、貴重な地下資源を使うガスの利用が増えてしまうのは本末転倒ではないかと感じました。しかし、この1年半の生活で電気がもっと使えることを知り、1日3kWを目安に自給できるエネルギーを積極的に使っています。ミニマムに暮らす、余計なものを持たない、無駄な電気を使わない。オフグリッドは節電が肝ですが、我慢忍耐することが目的ではありません。実際、1年半の生活で我が家は停電ゼロですし、電力が50%を切ったことも、この1年では5日以下です 」
昨年からは太陽光だけで調理ができるソーラークッカーを導入し、今年はさらに太陽熱温水器の購入も検討。これからは電気だけではなくガスも地下資源に頼らず、自然に負荷をかけないシステムを模索していく予定だという。
太陽とともにある晴耕雨読の暮らし
太陽が作り出してくれる電気によって、「生かされている」意識が大きくなり、毎日太陽に感謝して暮らすようになったというサトウさん。
「夜はバッテリーから電力を使うので夜更かしすることも減り、早寝早起きで身体も健康になりました。雨の日は自分のエネルギーも抑え気味に、消費電力の少ないパソコンを使って仕事の準備をしたり、LEDの元で読書をしています。一方、晴れた日には使い切れないくらいエネルギーができるので、こういう日は『電気富豪の日』と名付けて丁寧に掃除機をかけたり炊飯器を出して煮豆を作ったり、どんどん家電を動かして生産性を高めています。電力会社から電気を買っていたときはエネルギーは無限のように感じていました。しかし自分たちで作り出していくと有限であることがよく分かります。電気を好きなだけ使えることは確かに便利かもしれませんが、そこに幸せはないという結論が自分の中で出てしまったので、以前の暮らしに戻りたいとは思いません」
後編では電力会社への依存を断ち切り、完全オフグリッド生活を始めたことで得られた新しい世界観、気持ちや意識の変化についてお話を聞いていく。【後編に続く】
写真提供:サトウチカ
サトウチカさんブログ「Green note」