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YADOKARIについて

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小川の流れるポエティックな林のロケーションに、近未来的な白の建築が突如顔を表す。

物件概要
エリア:群馬県吾妻郡嬬恋村大字鎌原字鬼の泉水 価格:1,780万円
建物面積:52.04坪 敷地面積:239.27坪
間取り:2LDK

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現在の住処は四畳半

タイニーハウスや小屋暮らしなど、ちいさな暮らしはまだまだ実践者も少なく、始めてみたいけれど少し不安という方も多いのではないでしょうか?TINYHOUSE ORCHESTRAでは、日本国内で実際にちいさな暮らしを実践されている方にレポートを執筆いただき、新しい暮らしを始めるヒントをお伝えしています。

今回は、ちいさな暮らしを実践中のフリーランスライター、スズキガクさんによる暮らしの記録です。ガクさんの所有物は一時、段ボール3箱ほどに収まる量。2年で引っ越しを5回繰り返し、東京都内のシェアハウスを転々としながら暮らしてきたそうです。

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僕が東京都内を転々とする生活をはじめたのは、2014年6月のこと。コネも経験もないけれど、ライターになる!と地元を飛び出し、まずは高田馬場にあるシェアハウスに転がり込んだ。ライターになりたかったのは、「旅をしながら仕事ができるかも」という淡い考えからだった。「なんとかなるだろう」と勢いだけで行動できるほどに、僕は旅が好きだったのだ。

僕は大学を卒業後、学生の頃に読んだ紀行文に憧れて(あと就活に失敗して)自転車で日本を一周した。そこから旅の魅力にハマり、2年ほど自転車屋で働いた後に8ヶ月間の世界旅行に出かけることになる。折りたたみ自転車を持って中国からスタートした旅は、チベットやインド、トルコやヨーロッパを経て、南アフリカまで及んだ。

自転車旅行中、北海道北部にて

それでも僕の旅行熱は冷めなかった。地元のNPOで少しだけ働いた後、「生きてる実感がない」と感じて仕事を辞めて、段ボール2箱分の荷物だけを持って上京した。

僕は、大学を卒業してからは京都〜静岡〜東京と住む場所を変え、上京してからも、高田馬場〜学芸大学〜吉祥寺〜銀座〜下北沢と引っ越しを繰り返している。どうやら、僕はひとつのところにはじっとしていられないみたいだ。

引っ越しは段ボール2箱でおさまった

そんな風に都内をあちこちへ転々とする生活は心地よかった。引っ越しをするたびに住む家が変わり、毎日行き来する道が変わる、街には知らない店が山ほどあって、休日には散策だってできる。それは旅の延長のようなものだったのだ。

住む場所は決まってシェアハウスを選んだ。マンションのように敷金礼金がかからないし、生活に必要な家電や食器も一通り揃っている。家賃も比較的安いシェアハウスは仮暮らしには最適の住居だと思う。

東京都内を転々としていた時の所有物は少なく、上京してきたばかり頃の荷物は確か、こんな感じだった。

<下着>
・パンツとタンクトップ:4枚
・靴下:4足

<外着>
・Tシャツ:5枚
・ズボン:3本
・冬用の上着1枚
・フリース:2枚
・Yシャツ:2枚

<仕事道具>
・ノートパソコン:1つ
・パソコンのケーブル類:諸々
・スマホ:1台
・デジカメ:1台

<洗面用具など>
・歯ブラシ:1本
・髭剃り:数本
・シャンプーや石鹸:1セット
・洗濯用洗剤:1ボトル

<その他>
・寝袋:1つ
・就寝用マット:1つ
・自転車:1台
・文庫本:3冊
・靴:2足

上京後、引越しを重ねるうちに多少荷物は増えたけれど、積極的に荷物を増やそうと思うことはなく、気軽に引っ越せるだけの量をキープしていた。

これは世界旅行中の荷物、これに衣服4日分が加わる

ちいさな暮らしを維持した3つの理由

僕がちいさな暮らしをキープしようと思ったのは、3つの理由からだった。

①気軽に引っ越すことができる、気ままな暮らしを味わいたかったこと
②駆け出しのフリーランスだから金銭に余裕がなかったこと
③物は必要最低限あればいいと気付いたこと

「③」のような考えに至ったのは、長期の旅行経験からだった。旅の最中は基本的にテント暮らしか、ゲストハウス暮らし。家電はない、定住する家も電気・ガス・水道もない。ないないづくしの仮暮らし。それでもテントを立てれば家になり、コンビニやスーパーで食料が買えて、コインランドリーに行けば洗濯だってできる。

背中に背負えるだけの荷物で、1年だって2年だって生活できることを経験できたし、道具は工夫すれば本来の用途以外の使い方ができることも知れた。この経験を通して、物を買う前に、それが本当に必要かどうか、手持ちの何かで代用できないかをよく考えるようになったのだと思う。

遊牧民から定住民へシフトする

思うに、暮らしの拠点をあちこちに動かしていた時の僕は、まだ旅行気分を味わいたかったのだと思う。ひとつの場所に留まりたくない、都内の様々な場所に住んでその土地の雰囲気を味わいたい。そんな価値観を持っていたから身軽さを重視していた。その結果、僕はミニマリストになった。

僕はミニマリストを志していたのではなく、自分にとって心地よい生活を模索した結果、いまの暮らし方を選んだ。そんな経緯を経てきたので、「ミニマリスト」と言っても、人それぞれに様々な価値観や背景があるのだと考えているし、物を減らすことで豊かな生活が得られるとは思っていない。

僕は、「ちいさな暮らしは手段であって目的ではない」と考えている。だから、物は増えてもかまわない。事実、直近の1年半を同じシェアハウスで過ごしていて、だんだんと所有物も増えているのだ。

ちいさな暮らしをしていた僕が、なぜ物を増やそうと思ったのか。その理由は、生活の豊かさや価値観の変化に関わることなのだけれど、詳しくは次回お話しします。

ライター:スズキガク

via: coolstays.com

放射状の屋根の梁が特徴的な、モンゴルのゲルと同様の遊牧民の天幕住居ユルト(yurt)。木の香りや素朴な木工の暖かみが味わえる。イングランド南西部ドーセットの森の中にある、Coracle the Yurtの手づくりキャンピングを紹介します。

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via: https://www.kimptonhotels.com

ここは、アメリカ・ニューヨークにある「チェルシーマーケット」。一言で説明するならば屋内型商店街。観光地としても人気で、ニューヨークの観光地ランキングでは上位に並びます。

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via: kolarbyn.se

電気もない、シャワーもない、キッチンもトイレもない。あるのは緑豊かな自然だけ。
ストックホルムから車で2時間の森の中、スウェーデンで最もプリミティブなホテル「Kolarbyn Ecolodge」があります。物があふれる都市生活から遮断された自然の中で、サバイバルなアウトドアライフを通して、素の自分と向き合ってみてはいかがでしょう。

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(c)Naoko Kurata

2017年6月、オランダの、とある街にタイニーハウスが建ち並ぶ「タイニーハウス通り」ができたと話題になりました。テレビや雑誌の取材が押し寄せた、そのストリートに建つタイニーハウスと、同じタイプのモデルハウスを、なんと筆者も見学する機会があったのです。その素晴らしく、機能的なタイニーハウスの様子をご紹介したいと思います。 (さらに…)

こんにちは、国際中医薬膳師の長岡桃白です。

秋ですね。
秋といえば、いろいろ実りますけれども、二宮周辺には果樹園がけっこうあるんですよ。

先日、団地のご近所にある「あらや農園」さんにぶどう狩りに行ってきました。

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via:https://www.whitepod.com/pod-suites/

大気汚染に海洋汚染。地球温暖化にエネルギー問題。現代は環境に関する様々な課題が山積みです。今や私たちが環境に配慮して暮らす事は、すでに当たり前の世の中になっていますが、ただそれらの沢山の課題に対して、いつも真面目に考えていると、なんだかふと、息苦しく感じてしまう瞬間はないでしょうか?エコでサステイナブルな暮らしと、楽しくてワクワクするアクティヴィティが、うまく両立したらいいのに、と思ったことはありませんか?

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『YADOKARI』をご覧の皆さま、こんにちは。作家の三谷晶子です。
先日の8月初旬には、台風5号が奄美に接近し、友人や知人からたくさん心配のご連絡をいただきました。

奄美地方に台風は付き物ですが、昨年は小さなものしかやってこず、私にとって久しぶりの台風でした。
風はそこまで強くないものの、雨が長く降り続き、友人宅は床上・床下浸水したところも。
停電は私がいる加計呂麻島の諸鈍集落では12時間ほど、ほかの場所では2日ほどにも及んだ所があったそうです。

台風さえなければ、まだまだ海は青く泳げます。

雨戸を修理し、雨漏りを修理。保冷材とペットボトルを凍らせる


加計呂麻島では台風の前になると、皆が一斉に動き出します。庭にある風で飛びそうなものを片付け、雨戸や屋根が飛びそうなら修理をし、鹿児島から食料品などを運ぶ船便が止まると数日は入荷がないので必要なものを買い出し、停電に備えて懐中電灯の電池のチェックや携帯バッテリーを充電し、いざとなったら車で充電ができるように、ガソリンを満タンにします。

先日の台風で折れたバナナと飛んだ窓。まだまだ被害は序の口です。

近隣に住む方々と作っているLINEグループで、「今日、買い出し行くけど欲しいものある?」「そっちの家は浸水しやすいみたいだから気を付けて」など、伝えあい、海沿いの場所に車がある人は、潮をかぶらないように車を移動させ、雨戸がない窓は板を張って養生。折れやすいバナナの木などは補強をし、水が止まってもいいように風呂桶、鍋、ペットボトルに水を貯めます。

ご近所に住む方々と出かけた時の一枚。台風時にはLINEで連絡を取り合えって助け合ったり。

停電したら、冷蔵庫もクーラーも扇風機も使えず、もちろん暴風雨なので窓も開けられません。
冷蔵庫の中身を持たせるためにも、また締め切った部屋で熱中症にならないためにも重宝するのが保冷材。タオルで巻いて首筋に当てればかなり涼しいし、冷蔵庫の中身もかなり持つので重宝しました。

いつもは真っ青な海が、台風のあとはこんな色。自然の猛威を感じます。

さて、用意をするだけして、暴風域に入り、停電したらもうやることはありません。私の住む集落では、停電すると携帯の電波も切れてしまいます。雨戸を締め切っていても聞こえる雨風の音はとても激しく、停電が長く続くとやはり心細くなります。
そんな時に励まされたのは奄美大島のコミュニティラジオ局、あまみエフエム ディ!ウェイヴの放送でした。

停電の最中、「さあ、それでは皆さん一緒に踊りましょう!」


開局10周年を迎えたあまみエフエム ディ!ウェイブの皆さん。

停電が長く続き、一向に雨も風も止む気配もなかった夜。ふと、ラジオをつけると西城秀樹の『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』が流れてきました。
キャンドルだけが灯る閉めきった部屋にいきなり流れるテンションの高い楽曲に驚いていると、パーソナリティの渡陽子さんが、「それでは皆さん、一緒に踊りましょう! 停電の方は鴨居や柱にぶつからないように気を付けてー!」と言いながら曲に合わせてサビを熱唱。

確かに、台風は過ぎるのを待つしかないし、憂鬱など吹き飛ばしてきみも元気だせって感じだよねぇ。

歌詞の意味を改めて噛み締めつつ、このラジオを聴いている方が停電の最中、みんな踊っているところを想像して、ひとりで笑ってしまいました。

その他にも避難勧告が出て公民館や体育館に避難をしている方の地域の音頭や校歌を流して励まし、もちろん、刻々と変わる土砂崩れや通行止めの情報もきちんと伝え、深夜になって声がかすれても、「早く停電が終わるといいですね、九州電力の方もがんばっているのでもう少しですからね」とリスナーに話しかけるその姿はとても頼もしく、格好良かったです。

ラジオ放送も、インフラも尽力する人がいるからこそある


台風後に家の目の前の浜に流れ着いた巨大な流木。集落の皆で清掃をしました。

台風後、このディ!ウェイブ代表の麓憲吾さんのブログを拝見すると、災害時に放送を続けることの大変さがよくわかりました。送信所の電波が切れるため、工事現場の資材をレンタルしている会社などに頼み込み、発電機をありったけ確保。各地にあるラジオの電波を届ける送信所に発電機を動かす燃料を運ぶために、嵐の中でもスタッフは山を登って燃料を届けます。
また、発電機はガソリンを入れていても8~10時間ほどで、使用できなくなるそう。また新しい発電機をもって、再度、走らなければなりません。

東京にいた頃は、ラジオはいつでも流れているものだと思っていた私には、こうして、同じ場所に住む身近な方々が、さまざまに奮闘して作っているものだということを目の当たりにし、何だか驚く思いでした。

停電すると、テレビはもちろん、場所によっては携帯電話やインターネット回線もつながらなくなるのが奄美大島。
道路が崖崩れで寸断され、孤立する集落も珍しくありません。
一体、いつまでこの状況が続くのか。自分の集落だけがこの状態なのか。
そう思うと、不安や心細さはどんどん増してしまうものです。

海岸線全体に流れ着いた流木やごみを集落総出で集めて焼いてきれいに。美しいビーチも、住民の手があるからこそ保たれています。

しかし、ディ! ウェイブの放送を聞いていれば、台風の進路や状況、停電や道路の復旧情報はもちろん、ほかの集落にいるリスナーからのお便りも聞くことができます。
そして、何より、同じ島にいるパーソナリティやラジオ局のスタッフが、災害の中、放送局に詰めて、「ひとりじゃない」「一緒に頑張りましょう」と呼び掛けてくれることは、何よりも頼もしいことだと思います。

また、放送の中で「○○集落の停電が解消したようです。九州電力さんが頑張ってくれています!」と話していらっしゃったのも、とても印象的でした。当たり前ですが、停まった電気が復旧するのは、電力会社の方々が台風の中、頑張って修理をしてくれたから。

雨戸を締め切っていてもごうごうと音が鳴り響く嵐の中、電気工事をしている方を思い浮かべると、普段何気なく使っているインフラにもすべて人の尽力があってこそだということがリアルに感じられました。

誰かを思うこと、自分のいる場所を思うこと


台風があるからこそ、海の中がかき混ぜられて海水温が下がり、サンゴが生き生きする側面も。

あまみエフエム ディ!ウェイブは2007年の開局。この開局までは、台風情報といっても奄美大島から380Km離れた鹿児島からの情報しかなく、リアルタイムでの災害の状況は全くわかりませんでした。

奄美には台風はつきもので、昔からの住民の方は慣れたものですが、それでも、住んでいる人にも、また、今は島を離れている人にも、台風の状況がすぐわかるラジオはとても心強いものだと思います。

「少しでも不安をぬぐえたら、という気持ちは、普段の放送で、少しでも聞いている人を楽しませたいと思う気持ちと同じなんですよ」
「来るものは来る。だから、みんなで明るく乗り越えていこうって思うんです」

上の言葉は、あまみエフエム ディ!ウェイヴ代表の麓憲吾さん、下の言葉はパーソナリティの渡陽子さんのもの。

誰かが困っていたら力になり、出会った人と笑顔で話して、素敵なことはみんなで喜び合い、綺麗な景色を見て、誰かと乾杯をして、一日を終える。

それは、ごくごく普通の、ちょっとしたことで、けれど、同時になかなか得難くもあるものです。

奄美大島では、今も人々にその感覚が根付いていて、その感覚が台風時のラジオ放送にも現れている、と私は思いました。

台風の前は、いつもきれいな夕陽がこんな風にさらに燃え上がります。

先日、島を初めて訪れた友人が「奄美大島ってどんなところ? と子どもに聞かれたら『道を歩く人がみんな笑顔で挨拶してくれる島だよ』と伝える」と言っていました。

晴れていればまだまだこのとおり美しい加計呂麻島の海。

道行く人に挨拶をするように、島にいつも流れているディ!ウェイブの放送は、笑ったり泣いたりしながら今いる場所を精一杯楽しくしようとする、私たちと同じような人々が作っています。

取材協力/あまみエフエム ディ!ウェイブ

(c)Naoko Kurata

2016年、オランダではタイニーハウスのデザインコンテストが実施されました。245の応募作から3部門合計25のタイニーハウスのアイディアが受賞し、その斬新なデザインたちは話題を呼んでいたのです。そしてその中から更に約半分、12のタイニーハウスのデザインが実現化することになりました! 一般公開された「BouwExpo Tiny Housing」に見学に行ってきましたので、その様子をご紹介させてください。 (さらに…)

via: pawsup.com

アメリカ・モンタナ州の西部、ロッキー山脈の麓に、マリ・クレールやフォーブスなどのメディアに数多く取り上げられる、マウンテン・リゾートThe Resort at Paws Upがあります。37000エーカー、北海道の1.8倍の広さの牧場の中にある、5つ星リゾートのラグジュアリーなグランピング施設、手つかずの自然の中で楽しめる、アウトドア・アクティビティの魅力を見ていきましょう。

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タイニーハウスや小屋暮らし、ちいさな暮らしはまだまだ実践者も少なく、始めてみたいけど少し不安という方も多いのではないでしょうか?TINYHOUSE ORCHESTRAでは、日本国内で実際にタイニーハウス作りや暮らしを実践されている方にレポートを執筆いただき、新しい暮らしを始めるヒントをお伝えしていきます。

このコラムは、東京から長野へ移住し、“小さく暮らす”をモットーに賃貸のトレーラーハウスでDIY的暮らしを実践中のフリーランスエディター増村江利子さんによる、暮らしづくりの記録です。

脱衣室には、汚れを落とすときに使う石鹸、重曹、ときおり使うクエン酸が置いてある。

都心から長野県諏訪郡に移住して、まずは「電気」というエネルギーへの依存を最小限にしたいと考え、ついに冷蔵庫までも手放すことにした。その経緯はこの記事でも紹介されているが、手放して気づいたことは、これまでいかに、本当はとらわれる必要のない常識に自分が縛られていたか、ということだ。

どこの家庭にも、きっと当たり前のように冷蔵庫があると思う。もれなく私も、学生時代に一人暮らしを始めるとき、まず必要なものとして、洗濯機などの生活家電とともに買い揃えた。

以降、“食材を美味しいまま瞬間冷凍” などと聞くと心が躍った。そして、何度か買い換えたりもした。

電化製品の三種の神器とはよく言ったものだと思う。戦後の日本において、新時代の生活必需品として宣伝された3種類の耐久消費財、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫。当時の新しい暮らしや消費習慣をあらわすマスコミ主導のキャッチコピーは、豊かさや憧れの象徴だったはずだ。

そう、ここでおさらいしておきたいのは、電化製品の三種の神器とは、あくまでマスコミ主導のキャッチコピーだった、ということだ。

私たちは消費者として、日々、いろいろなメディアから流れてくる「宣伝広告」を受け取って暮らしている。いくら逃げようとしても逃げきれないほど、その宣伝網は隙なく張り巡らされている。

自分が必要だと判断してものを買うのではなく、必要だといつのまにか啓蒙されていて、その必要性が自分にとって本当にあるのかを検証することもなく、必要だと思い込んで買ってしまう。もっと言うと、買わされてしまう。

もしかするとほかにも、そうした「自分が必要だと判断していないのに、必要だと思い込んで買っているもの」がないだろうか。そう思って家のなかを見渡してみると、これがまた、驚くほどたくさんあることに気づいたのである。

とらわれる必要のない常識、価値観を手放すこと

私は、「一台何役」という言葉が好きだ。ひとつのモノの用途がたくさんあるって、なんて素晴らしいんだろう。ミニマリストとしての性のようなものかもしれないが、逆に言うと、それしか用途がないモノは、できる限り手元に置かないようにしている。

例えば、ティッシュペーパーは、自分にとって本当に必要なモノだろうか。あの大きさの箱は、決して広いとはいえないトレーラーハウスの中では、どんなに小綺麗なカバーをつけたとしても、何かと目立つ存在だ。思い切ってトイレットペーパーで代用したみたところ、特に困ることもなかった。客人に渡すときだけ、「うちはこれで代用してるから、ごめんね」となぜか謝る事態にはなるが、だんだんと気にしないようになった。

同じように、家のなかのモノを見渡して、あるときふと気づいたのは、“汚れを落とす、きれいにする” 用途のモノが、多種多様にあるということだった。

食器用洗剤、洗濯用洗剤、浴室用洗剤、トイレ用洗剤。うちには置いていなかったが、挙げてみればキリがないほどある。フローリング用洗剤、家具用クリーナー……。洗濯用洗剤ひとつ取っても、おしゃれ着用、部分洗い用、しみ取り用、漂白剤、柔軟剤があるほどだ。そして消臭剤なども加えれば、トイレ用、ペット用と、それこそ、ありとあらゆる商品が用意されている。

それらをすべて、やめることにした。石鹸と重曹さえあれば、代用できる。食器を洗うのは、アクリルたわしを使えば、洗剤をつかわなくても汚れが落ちる。お風呂やトイレ掃除にはクエン酸を使ったり、消臭にはミョウバンを使ったりもするが、汚れを落とす、きれいにするためのモノを、こうして減らしていった。

洗濯するときは、石鹸を削って、お湯で溶いて使う。

つまり、用意されている商品を買わずに、代用できるモノを自分でつくるようにした。そして気づいたのは、家のなかから商品のパッケージがなくなると、落ち着く、ということだった。私は、モノの多さに落ち着かないだけでなく、主張の強い商品のパッケージに落ち着かなかったのだとわかった。もちろん、詰め替え容器を用意するなど工夫してはいたが、それも間に合わないほど、家のなかに商品があった。

暮らしに必要なモノを、すべて買わずに自分でつくれるようになりたいが、まだまだ道のりは遠い。そこで私は、せめて、商品のパッケージを家に持ち込まないようにしようと決めた。

例えば、煮干しを買ってきたとする。買うときは、もちろん商品を選ぶ。このメーカーの、これがいいと。でも家のなかに運ばれたら、その選択基準はもういらない。煮干しは煮干しであって、それ以上のものでも、それ以下のものでもない。だから、買い物から帰ってきたらすぐに、中身をビンやホーローなどの容器に移し替えることにした。

これがまた、大変な作業だった。いかにたくさんの商品を購入しているか、ということを思い知らされた。それでもめげずに、徹底した。続けているうちに、移し替えるほど使用頻度の少ないモノは、おのずと買わないようになってきた。

こうして、商品のパッケージが家のなかからなくなった。家のなかが静かになったように感じた。モノの主張がない。それだけで、暮らしが整ったような気がした。

ひとつひとつ、それは自分にとって本当に必要なモノなのか、と問いをたててみる。面倒な人だと思われるかもしれないが、その問いを、考える必要もない便利な世界に私たちは生きている。

思考を手放しても、生きていける便利な世界。でも、その思考を、私は自分の手に取り戻したいと思っている。自分自身の根っこにある価値観を取り出して、とらわれる必要のない常識や価値観を手放す。消費者から、つくり手に回る。そうした暮らしにこそ、ほしい未来があると私は信じている。


ライター:増村 江利子
国立音楽大学卒。Web制作、広告制作、編集を経てフリーランスエディター。二児の母。長野県諏訪郡の賃貸トレーラーハウスにてDIY的暮らしを実践中。

TINY HOUSE JOURNALタイニーハウスの“現在”を知る

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