エコかっこいいドームは「再生」のシンボル(下)

入口のカーブが楽しげ。
入口のカーブが楽しげ。

熊本地震から3カ月が過ぎ、メディア露出は落ち着いたものの、現地ではいまも生活再建、復興に向けた取り組みが続いている。そのひとつが、熊本市の崇城大学キャンパスにつくられたボランティアビレッジだ。多数のボランティアが宿泊するため、施設の規模は小さくないが、それでも極めてミニマムである。

必然のもと生まれたミニマリズム

施設の真ん中にアースバッグのドームを据えていることからも、そのコンセプトが見えてくる。近場でまかなえる土を材料としていて、大工仕事のような特別な技術を必要とせずに建設できる。「小さな暮らし」が根底にある。

ボランティアの泊まるテントがずらりと並んでいる。
ボランティアの泊まるテントがずらりと並んでいる。

 

電力はバイオディーゼルの発電機でまかなわれている。
電力はバイオディーゼルの発電機でまかなわれている。

ミニマリズムを志向するのはなぜか。当初から意図していたのだろうか。ビレッジを運営する「チーム熊本」の代表理事を務める池田親生さんが疑問に答えてくれた。

「いまあるもので、自分たちでできることをやろうって決めていた。ビジョンにこだわりすぎて、足りないものをムリにでも持ってこなきゃって考えだすと、負担が大きくなるし、遅くなる。それだと自分たちが苦しくなるだけなので、手元にあるものを使ってやろうって」

働きづめの毎日でも笑顔に疲れの色がない池田さん。
働きづめの毎日でも笑顔に疲れの色がない池田さん。

地震発生の翌日から、物資の受け入れや分配に携わってきた。「自分たちにできること」への強い意志は初動の早さにも現れていた。被災地では物流がとどこおりがち。だからといって、待っている余裕はない。あるもので臨機応変に対応していく柔軟性は、自然とミニマムな運営方針につながっていった。

「決めていたのは、ボランティアの人たちがやってよかった、楽しかったって思える空間をつくろうってことだけでした。規模感は全然考えてなくて、やるべきことをやってきたら、いまの形になっていました」

自宅と家財道具を失っても「いい断捨離になりました」とハイパーポジティブな片山さん。
自宅と家財道具を失っても「いい断捨離になりました」とハイパーポジティブな片山さん。

音楽フェスを思わせるビレッジの雰囲気は、その場の瞬発力で即興的につくりあげられてきた。ジャズセッションのようである。音楽を聞くように「リラックスできる空間がボランティアにも必要」と、学生スタッフながらビレッジ運営の実務を切り盛りする片山広大さんは言う。自宅を失いながらも、まちの再生に向けて休みなく働いている。

「自分も支援物資の運搬をしていたが、慣れた道でも普段より疲れるし、精神的にきつい。ボランティアの方々も同じだし、どこかで、疲れを癒やさないといけない」

ちょっとしたスペースも花で彩られていた。
ちょっとしたスペースも花で彩られていた。

支援に応えるホスピタリティ

ビレッジの運営スタイルが異色なために、「ドームやバーが必要なのか」と批判を受けたこともある。「チーム熊本」はそうした声に耳を傾けつつも、新しいことをやる以上は、仕方のないことと腹は据わっている。

「本来は熊本に住む人たちで(復興を)やるべきなのかもしれないし、それを(ボランティアの人たちに)助けてもらっている。だったら、せっかく来て作業してもらっているんだから、せめて気持ちよく過ごしてもらえるようにしたかった。それに楽しい気持ちがないと、長く続けてもらえない」

滞在してもらうのだから、居心地よく。楽しいから、また来ようと思ってもらいたい。とてもシンプルな原則のもとでビレッジは動いている。被災地と「楽しい」という響きはミスマッチなようで、そうでもない。

こうした場づくりを考えるうえで、池田さんの過去の経験が生きた。東日本大震災の直後である3月12日から福島県相馬市に入って、ボランティアとして活動していた。

ボランティアの悩みに耳を傾ける池田さん
ボランティアの悩みに耳を傾ける池田さん

「自分が活動していたから見えた部分はあると思う。ボランティア同士で、それぞれが思いを共有できる場所はあった方がいいとか。寝るところだけだと作業が終わってから、集まってゆっくり語り合うことはできなかった。そういうのは体験してないと分からないことで、みんなで集まって交流できる場所を用意したかった」

ボランティアは自分のため

そして、経験は自分を成長させてくれたとも言う。
「東北での経験があったから、今回は迅速に動くことができた。最初に何をしなきゃいけない、次はこれという流れを体験して分かっているというのは大きかった。そう考えると、ボランティアとして活動しに行っていたようで、実は自分が経験させてもらっていた。ボランティアをやることは人のためというのもあるけど、自分のためになる。ここでも、そんな風にいろんな人に体験してもらいたい」

池田さんにとっては、ビレッジの運営は東北への恩返しでもある。そして
ビレッジを通じて未来へとつながっていく。