世間から身を隠すための家「A MODERN HERMIT’S CABIN」
“ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖(すみか)と、又かくのごとし。”
これは鴨長明の「方丈記」の冒頭の文章で、日本人に馴染みの深い名文だ。
鴨長明は俗世間から離れ、小さな家に移り住み、その様子を方丈記にしたためた。
今回ご紹介する家の名前は”A MODERN HERMIT’S CABIN”。それは「現代の隠者の家」という意味を持つ。
この家は、チリのサンティアゴ郊外の森の中にある。その姿は、周りの木々にとけ込んでいて、”隠者”の名前にふさわしい。
世を忍び、世間から離れて暮らす人は、ぶっちゃけ変わり者だと僕は思う。なんだかんだで世間に住むのは便利だからだ。
深夜でもお腹が減ればご飯を出してくれるお店がある。欲しいものは手に入るし、交通の便がいいから、会いたい人にすぐ会いに行ける。
しかし、人々は隠遁生活に憧れる。松尾芭蕉や鴨長明、西行法師が世間を離れて書いた文章はいまだに現代人に愛され続けている。理由はどこにあるのだろうか?そのヒントは、この家に隠れている。
この建物の敷地面積は約20㎡。屋内にはトイレ付きのバスルームと薪ストーブが備えられ、生活には十分な機能を持っている。
炊事洗濯はどうしよう?炊事には備え付けられた薪ストーブを利用してもいいし、洗濯は手洗いで済ませるのが良いだろう。きっとこの家に洗濯機は似合わない。
この家を尋ねた時のことを創造してみて欲しい。あなたは何をするだろうか?僕ならまず窓辺の椅子に座ってみる。
ひと呼吸すると周りに人の気配は全くない、いるのは自分ひとりだけだ。それは、現代ではとても贅沢な時間ではないだろうか?
世間は、常に出会いに恵まれている。スマホからはひっきりなしに人の近況が流れてくるし、常に人の気配がして、ひとりになるのは難しい
。他人の存在を感じる時間は少なく、そんな毎日に目が回りそうになる。
この家は、そんな毎日から自分を守ってくれるシェルターになるのだ。
鴨長明や西行法師、松尾芭蕉などの歴史上の隠者が、「もう世間いやだわ。俺、引きこもる。」なんてことは思ったかどうかは知らないけれど、大なり小なり、世間に対して同じような感覚を持っていたに違いない。
ここではゆっくり本を読んでもいいし、創作活動に夢中になってもいい。もちろん、何もせず自然に囲まれてぼんやりしても良い。
思い切りひとりに浸れる環境は、あなたの心を満たしてくれることだろう。
完全に世間から離れた生活を送るのは難しいかもしれない。しかし、世間から身を隠す場所を拠点のひとつとして持っていれば、あなたの暮らしはより満ち足りたものになるに違いない。
(文=スズキガク)