【特集コラム】第4回:食の分野まで広がるDIY、ポートランドのクラフトビールとクラフトスピリッツ
ポートランドとDIY文化を通して「豊かな暮らしとは?」というテーマにフォーカスした、今回の特集コラム。前回は、ポートランドのアート文化、特にZine文化についてご紹介しました。第4回目の今回は、食のDIYと言える、ポートランドのクラフトビールを中心に、DIYのお酒についてご紹介したいと思います。
多くの人達を魅了するポートランドは、第1回目でもお話ししたように、大自然に囲まれた中都市です。大都市であれば何でも揃うのが当たり前ですが、ポートランドのような中小都市では何でも全て揃うことが難しくなります。そんな時、「ないなら自分達で作ろう」というDIY精神を持ち合わせているのがポートランダー(ポートランド在住の人達)です。それは、1960〜70年代に起きたヒッピームーブメントが、ポートランドの歴史に深く関わっているものです。
オレゴン州に移住してきたヒッピー達の多くは平和主義で、身の回りの物は何でも手作りで生活を始めました。リサイクルやDIYを始め、オーガニック食品へのこだわり、そしてアートやクラフトなどの作品を制作し、当時はそれを売って生活していたそう。その流れが、ポートランダーの「自分達で作る」というDIYへのルーツになっていると言っても過言ではないでしょう。そして、その中の一つでもある「食のDIY」とも言えるクラフトビールへの情熱は、他の都市にも引けを取りません。
そんな、DIY精神から生まれたポートランドのクラフトビールをご紹介する前に、日本でも急成長のクラフトビール市場を見てみましょう。更に、アメリカとポートランドのクラフトビール市場の需要から見える経済効果や、ポートランドのクラフトビールの歴史と種類についてご紹介します。最後には、第2の食のDIYとも言えるであろう、クラフトスピリッツについても少し触れてみたいと思います。
Via: travelportland.com
伸びる日本のクラフトビール市場
日本のクラフトビール市場は、特に首都圏で需要が伸びてきています。Hot Pepperグルメリサーチセンターが行ったアンケートによると、首都圏、関東圏、東海圏の20〜69歳の男女9780人で、「過去1年間にクラフトビールを飲んだことがある」と答えたのは全体の約3割に上ったそうです。クラフトビールのイメージを聞いてみると、「作り手のこだわりを感じる」「良い材料から作られている」「全体的に品質がよい」など、概ね好評なよう。
クラフトビールで最も飲まれているのは、上から「ピルスナー/ラガータイプ(大手ビールメーカーが製造しているようなゴクゴク飲めるビール)」「スタウトタイプ(原料となる小麦をローストして作った、ギネスのようなずっしりしたビール)」、そして「ペールエールタイプ(ホップの香りや、モルトがしっかりしている濃い感じのビール)」だそう。さらに、今後飲んでみたいフレーバーでは、「ピルスナー/ラガータイプ」「スタウトタイプ」「フルーツタイプ」の3つが挙がっていました。
フルーツタイプのビールはベルギーなどの輸入ビールでよく見かけるタイプですが、国産ではまだ数が少ないので、「国産でこういったクラフトビールが飲みたい」という要望が上がるのも納得です。それに、フルーツビールは飲みやすいので、普通のビールは苦手だという人でも、ビールを試す良いきっかけになるかもしれません。
アメリカとポートランドのクラフトビール市場と経済効果
それでは場所を変えて、アメリカのクラフトビール市場はどのような感じなのか見てみましょう。
アメリカの大手ビール会社のブランドと言えば、BudweiserやCoorsなどが有名ですね。アメリカのビール醸造協会であるBrewers Associationによると、2014年度のアメリカ国内のビールの総売上高は日本円で約12.6兆円、クラフトビールのみの総売上高は約2.4兆円にも上ります。更に、この1年で大手を含むビールの売り上げ伸び率が0.5%上回ったのに対し、クラフトビールのみの売り上げ伸び率は17.6%も上昇しました。この数字を見てみると、アメリカでどれだけクラフトビールの販売数が伸びているのかわかると思います。
2014年度の統計によると、アメリカには3,500近くものクラフトビールの醸造所が存在します。そのうちオレゴン州には220カ所のクラフトビールの醸造所があり(アメリカ国内第4位)、ポートランドだけで58カ所にもなります。
オレゴン州全体で見ると、2014年だけで日本円で約3,500億円もの経済効果がありました。その上、クラフトビールの需要のお陰で、3万もの雇用を生み出すことに成功。
オレゴン州やポートランドにこれだけの経済効果をもたらすクラフトビールは、もはや切っても切れない関係になりつつあります。
ポートランドのクラフトビールの歴史と種類
先にもお話しした通り、オレゴン州にはたくさんのビール醸造所が存在します。ここでは、オレゴン州でも最もビール醸造所が集中するポートランドのクラフトビールを見てみましょう。
ポートランドのクラフトビールの始まりは1984年、BridgePort BrewingとWidmer Brothers Brewingという2つのクラフトビール会社から始まりました。両社は、ポートランドのクラフトビールの基盤を築いた代表的なクラフトビールの会社です。BridgePort Brewing のビールはエールタイプで、「ポートランドで一番歴史のあるビール」というのが売りです。Widmer Brothers Brewingのビールもエール系のものをはじめ、多数取り揃えてあります。
Via: BridgePort Brewing Company 公式Facebookページ, widmerbrothers.com
その後1990年代になると、クラフトビールの第2次ムーブメントが起こりました。Lompoc BrewingやLucky Labrador Brewing Companyなどの新しいクラフトビール会社がポートランドに続々とオープンしました。Lompoc BrewingのLompoc Special Draftはダークでリッチな味わいで人気があり、Lucky Labrador Brewing CompanyのBlack Lab Stoutはクリーミーな口当たりでリピーターが多い様です。
更に、90年代にはHair of the Dogというクラフトビール専門店がオープンしました。Hair of the Dogのクラフトビールの面白いところは、「Bottle-Conditioned Beer」と言う工程で作られたクラフトビールです。
通常、ビールや炭酸飲料の密封したボトルに炭酸ガスを入れることで、蓋を開けた時にあのシュワッとした口当たりを楽しめます。しかしこのBottle-Conditioned Beerと呼ばれるビールは、ワインのようにボトルの中で酵母を発酵させることで、ボトル内で天然の炭酸ガスを発生させることができるのです。そんなHair of the Dogのビールは、ワインのように年数が経てば経つほど熟成されて味わいが深くなるそう。ワインのような熟成したビールなんて、どんな味がするのか飲んでみたいですね。
Via: thrillist.com
2000年に入ると、新しい世代のクラフトビール専門店が相次いでオープンしました。この頃は、ターゲットにした客層や特定のクラフトビールのスタイル、それにビールの醸造プロセスにこだわりが出てきた時代でもあります。
2007年にオープンした、エコフレンドリーを売りにしたオーガニッククラフトビールを提供するHopworks Urban Breweryは、再生可能エネルギーを利用してビールを醸造しています。ここの醸造所は、「ポートランド初のエコビール醸造所」として、オーガニックなだけでなく、地元で栽培される材料を使ったビールを製造販売しています。
Via: hopworksbeer.com
Cascade Brewing Barrel Houseは、約660㎡もの大きさの建物に、自社のビール樽を保管する部屋とパブを併設しています。Cascade Brewing Barrel Houseのクラフトビールの特徴は「酸味のあるビール」だそう。ホップの苦味や喉ごしも大事ですが、酸味のあるビールとは面白いですね。
Via: newschoolbeer.com
第2の食のDIY、クラフトスピリッツ
この30年でどんどん拡大していったポートランドのクラフトビール市場は、ポートランドの代表するブランドとして、ポートランドだけではなくオレゴン州外でも確実に需要が伸びているのです。他にもポートランドでは、コーヒー豆を炒る専門店のロースター、ショコラティエ、ベーカリー、ピザ専門店など、個性の光るレストランやカフェも発展しているのも事実です。そんなポートランドの食のDIY文化で、じわじわと伸びている「クラフトスピリッツ」もその1つに挙げられるのではないでしょうか。
Via: travelportland.com
スピリッツとは蒸留酒のことで、ウィスキー、ラム、ブランデー、ウォッカ、テキーラのことです。現在、ポートランドには10カ所ほどの小規模な蒸留所が点在し、実はクラフトビールと同じくらいの歴史があるのです。
クリエイティブなポートランダーの蒸留酒には、ユニークなものがたくさん存在します。例えば、Lower East Side Industrial District地区にある「Distillery Row」には、以下のような蒸留酒が揃えられています。
・House Spirits Distillery
アメリカで最上級のジンと言われた「Aviation American Gin」
・Eastside Distilling
コーヒーフレーバーのラム「Below Deck Coffee Rum」
ジャガイモを原料として作られた「Portland Potato Vodka」
・New Deal Distillery
ピリッと辛い唐辛子フレーバーの「Hot Monkey Vodka」
・Stone Barn Brandyworks
アプリコットを使って作った「Biggs Junction Apricot Liqueur」
スモモフレーバーの「Oaked Plum Brandy」
・Vinn Distillery
米を原料として作られたウォッカやウィスキー
このDistillery Rowではテイスティング(有料)ができるので、蒸留酒好きの観光客で毎日賑わっているそう。興味のある方は、ポートランドに旅行に行った際にクラフトビールと合わせて廻ってみるのはいかがでしょうか。
近年アメリカでは、フレーバーの付きの蒸留酒やフルーティなサイダー(日本で言うシードル)などの売り上げが伸びてきています。こういったポートランドのクラフトスピリッツも、クラフトビール同様、蒸留酒のマーケットで広がっていくのではないでしょうか。もしかすると近い将来、日本でもこういったクラフトスピリッツがお目見えする日も来るかもしれません。
Via: travelportland.com
全4回に渡っての、ポートランドのDIYの特集コラムはいかがだったでしょうか。家のDIY、クラフトやアートのDIY、そして食のDIYと、どれをとってもポートランドの特徴が色濃く出ていると思います。そのような、大都市には負けない「Portland Made(ポートランド製)」を謳った様々なDIYから見えるのは、地域の活性化を目指すポートランドを愛する人達の地道な努力と言えるでしょう。それに加え、冒頭でもお話ししたように、ポートランドをはじめオレゴン州に移住してきたヒッピー達が起こした活動も、時代と共にポートランドの「ないなら自分達で作ろう」というDIY精神に繋がっているのだと思います。人と人とのつながりが気薄になりがちな昨今であるからこそ、ポートランダーのDIY活動は、人々を惹きつける磁力のようなものを持っているのではないでしょうか。
お金を払えば何でも揃う便利な時代ですが、あえて自分で工夫して作ることで資源の再利用にもなり、さらに、作る楽しさを教えてくれるDIYは日本でも十分可能です。「DIY (Do It Yourself)」の文字通り、材料から自分で選び、それを形にしていく作業からは、お金では買えない多くの事が学べるのではないでしょうか。ポートランドに広がる多様なDIYから学べるものは、世界に一つだけしかない「自分のブランドを作り上げる」という魅力なのです。
Via:
oregoncraftbeer.org
experiencebrewvana.com (日本語ページ)
beeriety.com
syrupmagazine.com
distilleryrowpdx.com
heroconf.com
1859oregonmagazine.com