オズの国のレンガ道を超えた!? 湖に浮かぶ黄色い道の正体とは?
6月のイタリア。ミラノ北東のイゼーオ湖に、涼しい黄色の道が生まれた。その道は、カンザス出身のドロシーが歩いたあの有名なレンガ道と同じくらい純粋な黄色をしていて、誰もが思わずこう声を上げてしまいそうだった。“I don’t think we’re in Kansas anymore!”(「もう、ここはカンザスじゃないのね!」) そう、確かにそこはカンザスではなく、オズの国でもなく、イタリア北部に位置する湖の上だった。もっと正確に言えば、それは、アーティストのクリストと彼の妻のジャンヌ=クロードが手掛けたインスタレーションの上だった。
2人の作品《The Floating Piers(浮かぶ桟橋)》が一般に無料公開されたのは、2016年6月18日から7月3日までの16日間だった。しかし、すでに2014年から計画は始まっていた。その企画とは、全長3kmの「浮かぶ桟橋」を作って、湖畔の街と小島を結ぶというものであった。
桟橋の組立て
桟橋は、22万個の特殊なポリエチレン製のキューブの集合体から成る。まず陸地でキューブを1個1個をつないで組立て、幅16m、距離にして100mの塊を作っていく。
でき上がったら、それを湖上に浮かばせながら運び、桟橋の形になるように接続していく。その際、流れていかないように湖底に重りを沈めるために、ダイバーが潜って作業にあたった。
そして忘れてはならないのが、桟橋の両端の形を斜めの滑らかなスロープの形状にすること。そうでないと、イカダのブロックのようにしか見えなくなってしまう。この段差の問題は、橋の両端のキューブに水を満たして沈ませることで解消された。
自然と布の調和
上の写真がクリスト本人である。彼がその長いキャリアにおいて何かを包み始めたのは、1958年のこと。最初は缶や瓶の小物だったが、包む対象は次第に大きくなり、以来、橋や国会議事堂、そして今回のような島までを、妻のジャンヌ=クロードとともに梱包する作風に至っている。
彼自身「梱包のアーティスト」と呼ばれることを嫌っているように、その過程はただ包むだけといった単純なものではなく、さまざまな作業が伴っている。 まずは制作の認可を得るところから始めなければならないし、必要な布の面積を計算するのもひと苦労だ。
今回の桟橋のプロジェクトで用いられた布は、ブロックの上に敷くフェルトが7万平方メートル。さらにその上に敷く特殊な黄色の布地は、10万平方メートル必要だった。
布は事前に傷や破れがないか、光に当てながら入念にチェックされており、多くの人の手によってブロックの上に広げられていく。
ジョイ(喜び)とビューティー(美)の芸術
クリストとジャンヌ=クロードの作品制作においては、実に大人数の人手が必要になるし、実際の作業ではさまざまな職人の手を借りることになる。今回はダイバーの協力も必要だったが、たとえば、1995年にドイツの国会議事堂を梱包したときなどは、布に紐をかけて縛る作業をロッククライマーが担当することになった。
ロープが布を対象物の表面に押し付ける具合で、布の表情も決まってくる。対象物のプロポーション、細部、レリーフが、どう生きるかが決まってくる。それはまったく新しい一種の彫像に生まれ変わる。一皮むけると言う言葉があるが、彼の作品として扱われる対象物は、逆に一皮覆われることで、生まれ変わるのだ。
クリストの包む対象が建築物であれ、大自然であれ、彼の作品を鑑賞するということは、実際に布に手で触れてその感触を楽しんだり、歩くときのスウィッシュな衣擦れの感覚を楽しむという体験でもある。布地を介して、私達は母なる地球をもう一度体験し直すことができるのだ。クリストとジャン・クロードはこう言っている。「私たちが創り出したいのは、ジョイ(喜び)とビューティー(美)の芸術作品なのです」と。