第29回:台風で知る一人じゃないということ、誰かがいるということ|女子的リアル離島暮らし

『YADOKARI』をご覧の皆さま、こんにちは。作家の三谷晶子です。
先日の8月初旬には、台風5号が奄美に接近し、友人や知人からたくさん心配のご連絡をいただきました。

奄美地方に台風は付き物ですが、昨年は小さなものしかやってこず、私にとって久しぶりの台風でした。
風はそこまで強くないものの、雨が長く降り続き、友人宅は床上・床下浸水したところも。
停電は私がいる加計呂麻島の諸鈍集落では12時間ほど、ほかの場所では2日ほどにも及んだ所があったそうです。

台風さえなければ、まだまだ海は青く泳げます。

雨戸を修理し、雨漏りを修理。保冷材とペットボトルを凍らせる


加計呂麻島では台風の前になると、皆が一斉に動き出します。庭にある風で飛びそうなものを片付け、雨戸や屋根が飛びそうなら修理をし、鹿児島から食料品などを運ぶ船便が止まると数日は入荷がないので必要なものを買い出し、停電に備えて懐中電灯の電池のチェックや携帯バッテリーを充電し、いざとなったら車で充電ができるように、ガソリンを満タンにします。

先日の台風で折れたバナナと飛んだ窓。まだまだ被害は序の口です。

近隣に住む方々と作っているLINEグループで、「今日、買い出し行くけど欲しいものある?」「そっちの家は浸水しやすいみたいだから気を付けて」など、伝えあい、海沿いの場所に車がある人は、潮をかぶらないように車を移動させ、雨戸がない窓は板を張って養生。折れやすいバナナの木などは補強をし、水が止まってもいいように風呂桶、鍋、ペットボトルに水を貯めます。

ご近所に住む方々と出かけた時の一枚。台風時にはLINEで連絡を取り合えって助け合ったり。

停電したら、冷蔵庫もクーラーも扇風機も使えず、もちろん暴風雨なので窓も開けられません。
冷蔵庫の中身を持たせるためにも、また締め切った部屋で熱中症にならないためにも重宝するのが保冷材。タオルで巻いて首筋に当てればかなり涼しいし、冷蔵庫の中身もかなり持つので重宝しました。

いつもは真っ青な海が、台風のあとはこんな色。自然の猛威を感じます。

さて、用意をするだけして、暴風域に入り、停電したらもうやることはありません。私の住む集落では、停電すると携帯の電波も切れてしまいます。雨戸を締め切っていても聞こえる雨風の音はとても激しく、停電が長く続くとやはり心細くなります。
そんな時に励まされたのは奄美大島のコミュニティラジオ局、あまみエフエム ディ!ウェイヴの放送でした。

停電の最中、「さあ、それでは皆さん一緒に踊りましょう!」


開局10周年を迎えたあまみエフエム ディ!ウェイブの皆さん。

停電が長く続き、一向に雨も風も止む気配もなかった夜。ふと、ラジオをつけると西城秀樹の『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』が流れてきました。
キャンドルだけが灯る閉めきった部屋にいきなり流れるテンションの高い楽曲に驚いていると、パーソナリティの渡陽子さんが、「それでは皆さん、一緒に踊りましょう! 停電の方は鴨居や柱にぶつからないように気を付けてー!」と言いながら曲に合わせてサビを熱唱。

確かに、台風は過ぎるのを待つしかないし、憂鬱など吹き飛ばしてきみも元気だせって感じだよねぇ。

歌詞の意味を改めて噛み締めつつ、このラジオを聴いている方が停電の最中、みんな踊っているところを想像して、ひとりで笑ってしまいました。

その他にも避難勧告が出て公民館や体育館に避難をしている方の地域の音頭や校歌を流して励まし、もちろん、刻々と変わる土砂崩れや通行止めの情報もきちんと伝え、深夜になって声がかすれても、「早く停電が終わるといいですね、九州電力の方もがんばっているのでもう少しですからね」とリスナーに話しかけるその姿はとても頼もしく、格好良かったです。

ラジオ放送も、インフラも尽力する人がいるからこそある


台風後に家の目の前の浜に流れ着いた巨大な流木。集落の皆で清掃をしました。

台風後、このディ!ウェイブ代表の麓憲吾さんのブログを拝見すると、災害時に放送を続けることの大変さがよくわかりました。送信所の電波が切れるため、工事現場の資材をレンタルしている会社などに頼み込み、発電機をありったけ確保。各地にあるラジオの電波を届ける送信所に発電機を動かす燃料を運ぶために、嵐の中でもスタッフは山を登って燃料を届けます。
また、発電機はガソリンを入れていても8~10時間ほどで、使用できなくなるそう。また新しい発電機をもって、再度、走らなければなりません。

東京にいた頃は、ラジオはいつでも流れているものだと思っていた私には、こうして、同じ場所に住む身近な方々が、さまざまに奮闘して作っているものだということを目の当たりにし、何だか驚く思いでした。

停電すると、テレビはもちろん、場所によっては携帯電話やインターネット回線もつながらなくなるのが奄美大島。
道路が崖崩れで寸断され、孤立する集落も珍しくありません。
一体、いつまでこの状況が続くのか。自分の集落だけがこの状態なのか。
そう思うと、不安や心細さはどんどん増してしまうものです。

海岸線全体に流れ着いた流木やごみを集落総出で集めて焼いてきれいに。美しいビーチも、住民の手があるからこそ保たれています。

しかし、ディ! ウェイブの放送を聞いていれば、台風の進路や状況、停電や道路の復旧情報はもちろん、ほかの集落にいるリスナーからのお便りも聞くことができます。
そして、何より、同じ島にいるパーソナリティやラジオ局のスタッフが、災害の中、放送局に詰めて、「ひとりじゃない」「一緒に頑張りましょう」と呼び掛けてくれることは、何よりも頼もしいことだと思います。

また、放送の中で「○○集落の停電が解消したようです。九州電力さんが頑張ってくれています!」と話していらっしゃったのも、とても印象的でした。当たり前ですが、停まった電気が復旧するのは、電力会社の方々が台風の中、頑張って修理をしてくれたから。

雨戸を締め切っていてもごうごうと音が鳴り響く嵐の中、電気工事をしている方を思い浮かべると、普段何気なく使っているインフラにもすべて人の尽力があってこそだということがリアルに感じられました。

誰かを思うこと、自分のいる場所を思うこと


台風があるからこそ、海の中がかき混ぜられて海水温が下がり、サンゴが生き生きする側面も。

あまみエフエム ディ!ウェイブは2007年の開局。この開局までは、台風情報といっても奄美大島から380Km離れた鹿児島からの情報しかなく、リアルタイムでの災害の状況は全くわかりませんでした。

奄美には台風はつきもので、昔からの住民の方は慣れたものですが、それでも、住んでいる人にも、また、今は島を離れている人にも、台風の状況がすぐわかるラジオはとても心強いものだと思います。

「少しでも不安をぬぐえたら、という気持ちは、普段の放送で、少しでも聞いている人を楽しませたいと思う気持ちと同じなんですよ」
「来るものは来る。だから、みんなで明るく乗り越えていこうって思うんです」

上の言葉は、あまみエフエム ディ!ウェイヴ代表の麓憲吾さん、下の言葉はパーソナリティの渡陽子さんのもの。

誰かが困っていたら力になり、出会った人と笑顔で話して、素敵なことはみんなで喜び合い、綺麗な景色を見て、誰かと乾杯をして、一日を終える。

それは、ごくごく普通の、ちょっとしたことで、けれど、同時になかなか得難くもあるものです。

奄美大島では、今も人々にその感覚が根付いていて、その感覚が台風時のラジオ放送にも現れている、と私は思いました。

台風の前は、いつもきれいな夕陽がこんな風にさらに燃え上がります。

先日、島を初めて訪れた友人が「奄美大島ってどんなところ? と子どもに聞かれたら『道を歩く人がみんな笑顔で挨拶してくれる島だよ』と伝える」と言っていました。

晴れていればまだまだこのとおり美しい加計呂麻島の海。

道行く人に挨拶をするように、島にいつも流れているディ!ウェイブの放送は、笑ったり泣いたりしながら今いる場所を精一杯楽しくしようとする、私たちと同じような人々が作っています。

取材協力/あまみエフエム ディ!ウェイブ