第2回:アーバニズムの旅するサーカス|トロントのリノベーションプロジェクト、「401 Richmond」

こんにちは。主に北米を中心に移動しながら、フリーランスの編集者・ライターとして各都市のまちづくりに関するトレンドをリサーチしている杉田真理子です。タイニーハウス、コミュニティビルド、多拠点居住などに興味がある読者が、思わず旅をしたくなるような世界各都市の街づくり・建築のトレンド情報を紹介していくこのコーナー。世界各地で筆者が目にしたまちづくりの面白い事例は、他にも「Traveling Circus of Urbanism(アーバニズムの旅するサーカス)」というプラットフォーム(英語)で紹介しているので、ぜひチェックしてみてください。

第1回目のポートランド編・ケネディスクールに続いて、今回はカナダ、トロントの工場リノベーション事例「401 Richmond」の魅力を紹介します。

ジェイン・ジェイコブズがいなかったら、トロントも、きっとずっと退屈だった

今年の春に日本で公開されたドキュメンタリー、『ジェイン・ジェイコブス;ニューヨーク都市革命ーもしジェイコブズがいなかったら、世界一エキサイティングな大都市・ニューヨークは、きっとずっと退屈だった。』。記憶に新しい人も多いのではないでしょうか。実はニューヨークだけでなく、もしジェイコブズがいなかったら、トロントもきっとずっと退屈だった、という事実をご存知でしょうか?

『アメリカ大都市の死と生』の著者であるアメリカ出身のジャーナリスト・運動家ジェーン・ジェイコブス。郊外都市開発や高速道路の急速な建設への反対運動を行い、人間中心の街づくりを説いた彼女の思想は、今でも多くの建築家や都市専門家に支持されています。

ニューヨークのイメージが強いジェイコブスですが、晩年にはカナダのトロントに移り住んでおり、トロントでも、高速道路への反対運動などに多大なる貢献を残しました。今回紹介する「401 Richimond」にも、ジェイコブズの思想が隅々まで浸透しており、彼女の存在があってこその今の姿だと言って良いでしょう。

ジェイコブスの思想が細部まで潜むクリエイティブスポット、「401 Richmond」

Googleの親会社であるアルファベットが始めたSidewalk Labによるウォーターフロント開発が発表されてから、都市におけるイノベーションやスマートシティ構想などで、世界中からますます注目を集めているトロント。ここトロントは、1970年代にジェイコブズが引っ越してきた、ラッキーな街でもあります。

ダウンタウンのファッション・ディストリクトに隠れるように佇む「401 Richmond」は、4階建ての元工場をリノベーションし、厳密にキュレーションされたアート&クリエイティブ関連のオフィスやスタジオをみっしりと集めたクリエイティブスポット。地元アーティストのギャラリーや、社会的に意義のある活動を行うスタートアップ、出版会社やデザインスタジオなど、ワクワクするラインナップで、誰でも足を踏み入れることが出来ます。

放置されていた歴史的な工場をリノベーション

もともとこの建物は、カナダで初めてスズ製の缶の製造をはじめたMacdonald社によって、工場として使用されていました。1884年の創業から1967年の閉鎖まで、ほぼ100年に渡って多くの缶がこの工場で製造されます。しかしその後、脱工業化が進み近隣エリアの過疎化が進むにつれて、この工場も廃業となり、しばらく放置されることになりました。

ルーフトップ空間も絶妙にデザインされた「401 Richimond」。レンガ造りの建物全体に蔦が生い茂り、まさに都会のオアシス。
この字型の建物をつなぐ渡り廊下

放棄されていたこの建物に新たに息を吹き込んだのは、建築家・Margie Zeidler。トロント大学で建築を勉強していた彼女は、当時から影響力のあったジェイン・ジェイコブスの思想に共感を受けます。彼女は学生時代、大学近くのこの廃棄工場を通り過ぎるたび、「どのように使えば面白いだろう?」と想像を膨らませていました。

そんな思いを捨てきれず、卒業後、家族や友人のサポートを得て建物の購入に踏み切ったZeidler。彼女がいなければ、建物は解体されていたことでしょう。

中庭にはなんと、保育施設も。
中庭には緑が多く、窓から見た景色も美しい。

建物の購入後、リノベーションをするにあたって、当時のトロント市のゾーニングと法規制が障壁となったと言われています。産業エリアとして栄えたこの地区のゾーニングは、脱産業化に伴い多くの工場が拠点を移してからも変わらず「産業用」とされたままで、オフィスなどの多目的スペースとして建物をリノベーションするのは、難しい状態でした。

そのため、ゾーニングの緩和を求めることからプロジェクトが始まり、1996年にようやく、地区全体のゾーニング緩和が実現。その後、無事リノベーションされ生まれ変わった「401 Richmond」は、オフィスやアトリエ、カフェや多目的スペースなど、様々なコンテンツが集まる今の姿となりました。

「What would Jane Jacobs do?(ジェイコブスなら、どうすると思う?)」

廊下や踊り場には様々なアート作品や展示が行われている。特に印象的なのは、大きなジェイン・ジェイコブスの肖像画。高速道路建設の反対運動を行っていたジェイコブスのアイコンともいえる、メガホンが手に持たれている。キャプションには、「What would Jacobs do?(ジェイコブスなら、どうすると思う?)」の文字が。

「401 Richmond」に入居しているのは、アート、文化、ソーシャルイノベーション、その他クリエイティブに関わる団体やスタートアップ。誰でも良いわけではなく、バランスよくキュレーションすることで、多様性と活気のある雰囲気を保っているとのことです。

都市空間の公共性などについての展示が、建物のあちこちに散りばめられている。

「古い考え方は新しい建物に宿ることもある。それならば、新しい考え方は、古い建物で実現できないか?」ジェイン・ジェイコブス

コミュニティの「多様性」と、「人間のための」都市を主張したジェイコブス。実際に彼女の思想に影響を受けた建築家によって、この建物は解体を免れ、活気のある今の姿になっています。「What would Jane Jacobs do?(ジェイコブスなら、どうすると思う?)」という問いかけは、彼女の死後もなお、そして世界中のどこでも(日本でも!)重要です。ジェイコブス好きは、トロントを訪れる際はぜひ「401 Richimond」を訪問してみてください。