【対談後編】保育園留学が変える子育てと暮らしと地域の未来|山本雅也氏(株式会社キッチハイク代表取締役)


子育て世代からの絶大な支持を得て利用者と提携保育園が増え続けている「保育園留学」。
このサービスを核に、自治体とも連携し100年先も続く豊かな地域づくりの取り組みも開始した株式会社キッチハイク代表取締役の山本雅也氏と、YADOKARIの上杉、保育園留学を家族で体験した河村による対談後編。

このサービスの先に待つ希望的な未来の社会の姿とは?


YADOKARI河村が娘を保育園留学させた「大森さくら保育園」は、島根県大森町の中心部に建つ武家屋敷の敷地内にある。広い園庭、歴史あるまち並み、豊かな自然とまちの人々の温かな見守りの中で暮らしと子育てを体験できる(写真提供:保育園留学)

「みんな違ってみんな良い」を地で行く地域の保育園の魅力

上杉: 河村さんは島根県の石見銀山のまちに保育園留学したんですよね?

河村: ええ。2023年11月、大森町という人口400人ほどの谷間のまちにある「大森さくら保育園」に約2週間、娘を留学させました。園から歩いて数分の所にほぼ留学専用の一棟貸しの宿泊所があり、そこに家族で滞在しながら。家自体も留学を想定されていますし、人やまちが暮らしの延長になっているため、子どもとの生活からリモートワークまで問題なく素晴らしい時間を過ごせました。

上杉: 娘さんは初日からなじめましたか?

河村: 初日は最初だけ僕ら両親も一緒に部屋に入り、娘が慣れてきた頃を見計らってそっと抜けましたが、その後隙間から覗いた様子ではめちゃめちゃ楽しそうに過ごしてました。初日の朝だけぐずっていたんですが、あとは総じてずっと楽しそうでしたね。受け入れ経験の豊富な園だったので安心して預けられました。

山本さん(以下敬称略): 子どもが楽しそうだったり、好奇心が湧いてきているのが分かると、親も楽しくなりますよね。未就学児にとっての留学、つまりふだんとは違うコミュニティや地域に飛び込むことは、僕らが思っているほど心配には及ばない気がするんです。小学生になると自我も出てくるのでストレスもあるかもしれませんが、未就学児にはまだそういうものもなく、意外と本人は楽しんでいる。

河村: まさに。連れていく前はあれやこれや心配ごともあったんですが、行ってみると園やまちのみんなとすぐ打ち解けていきましたね。未就学児は「留学でこれを学ぶぞ」みたいなスタンスで行っているわけでもないですし、気負わずでいいんですよね(笑)

熊本県天草市の「もぐし海のこども園」は、海のそばで子育てをする醍醐味を存分に味わえる。園内には既成の遊具はなく、子どもたちは五感を目一杯使って自然と戯れる(写真提供:保育園留学)

山本: 現在、全国に38の提携保育園(※2023年12月時点)がありますが、どこも自然環境が豊かだったり、園庭が広かったりと、まずハード面が恵まれています。

園の先生方の子どもへの向き合い方も素晴らしく、自然あふれる地域に流れている時間や、その環境の中で育まれてきた地域の文化が、そうした向き合い方につながっているように感じます。
例えば僕が最初に娘を留学させた北海道厚沢部町の保育園「はぜる」では園児の主体性を育てる保育を行なっていて、決まったカリキュラムをこなすのではなく、毎朝「今日は何をする?」から始め、子どものやりたいことを先生たちが実現していくスタイル。
ある時、子どもたちが「バナナを育てたい」と言い出し、普通なら「北海道では寒いから育たないよ」で終わりそうなところを、バナナの苗木を持ってきて育て方をみんなで勉強するなど、子どものとんでもない発想を実現していく先生方の柔軟性や遊び心がすごいと思いました。

岐阜県美濃市の「美濃保育園」は地域のお寺が運営。まちの面積の約80%が森林という美濃市は「木育」も盛んで、園の玩具にも地元木材が使われている(写真提供:保育園留学)

上杉: 子どもの自発的な好奇心を育てるような「先生の向き合い方」を、地域や自然環境が育んでいるのではないか、と。

山本: はい。保育園は本当に地域性が豊かだなと感じるんですよね。岐阜県の「美濃保育園」はお寺が運営していてとても大らかですし、新潟県南魚沼市の「金城幼稚園・保育園」は園の前が一面の田んぼで、みんなで田植えや収穫をしたお米をおむすびにして食べる体験ができます。熊本県天草市の「もぐし海のこども園」は、イルカもやってくるきれいな海の近くで、海辺ならではの遊びを存分に楽しめます。保育園留学の提携先は「みんな違ってみんな良い」を地で行く多様性があり、どこも全部良いなと思えてしまいます。実際、リピーターの約半分は同じ保育園を選び、後の半分は別の保育園への留学を選んでいるんですよ。

大森さくら保育園で全身泥だらけになって遊ぶ園児たち(写真撮影:保育園留学)

親にとっては、人生や家族の暮らしを見直す時間

上杉: 山本さんは保育園留学をきっかけに、その後北海道へ移住もされましたが、子育てだけでなく家族の暮らしにおいても何か価値観の変化があったんですか?

山本: 娘を初めて厚沢部町に留学させた当時を思い返すと、「人生を考え直す時間」だったという気がします。妻とも改めてゆっくり話せましたし、「もし、こういうまちに住んだらどうなるだろう? 都会での今の暮らしでいいんだっけ?」と抜本的に考える時間になりました。

抜本的でないことは都会の日常の中でも考えられるんですよ。例えば電動自転車を買うかとか、子どもの靴をサブスクにするかとか。そういう局所的な解は都会にあふれているんだけど、一つ一つの課題を個別の方法で解決しようとすると時間もお金もかかり疲れてしまうし、その解の耐用年数が意外と短かったりする。
保育園留学をした時点ではまさか移住するとは思っていませんでしたが、自然の中で、家族の暮らしを局所解のもう一つ上のレイヤーで見つめることができたのが良かったです。

大森さくら保育園(写真提供:保育園留学)

上杉: そこから事業が立ち上がって…という背景もあったとは思いますが、実際に移住に踏み切った理由は?

山本: 都会の暮らしがプラスマイナスで見て、もうマイナスに振れてるなと感じたからです。希望の保育園の待機が10ヶ月も続いていて数年間このままの可能性もありましたし、排気ガスで娘が喘息気味でしたし、それなら引っ越そうと妻と決めました。娘の事情を最優先に決断しましたが、庭で焚き火をしたいとか、もっと大きな車で出かけたいとか、都会では制約があってできなかったことを、移住を機に思い切り楽しんでいます。

コロナ禍を経て社会は圧倒的に変わったのに、それまでのライフスタイルを地続きにズルズルとやってしまっていることに疑問を感じていたし、僕と同じように子育て世代は特に違和感を感じているんじゃないかな。保育園留学は、その解決の提案でもあったのかもしれない。「自分の子どもが保育園の間は違う地域に住んでみよう」みたいに、人生のステージに合わせた「やわらかな定住」は弾力性があっていいなと保育園留学をしてみて感じました。

河村: 親からすると「そうそう、こんな暮らしや子育てがしたかったんだよ!」を一時的にでもリアルに体験できるサービスですよね。僕も含め子育て世代が違和感を抱えているのは確かだと思うんですが、「でもね」と働く場所などいろんな制限がかかって重い腰が上がらない所に良いきっかけをくれる。2週間でリフレッシュするもよし、移住の検証をするもよし、家族や子供との時間を思いきり楽しむのもよし、企業で働く子育て世代だとなかなかできない部分を解放してくれるのも良い。いろんな使い方ができるサービスなので、個人的には子育て世代の旅は全て保育園留学に置き換えてもいいぐらいだと思っています(笑)

上杉: 保育園留学は高次元のソリューションアイデアなのかもしれないですね。自然の中へ飛び込んで本当にしたい暮らしにアジャストしたら、今まで問題だと思っていたことが問題ではなくなる。局所解ではなくもう一つ上の次元で変化のきっかけをつくりながら多くの問題を一撃解決してしまう所も、このサービスの面白さですね。

美濃保育園の近くにあるコワーキング施設。子どもを園に預けている間、Wi-Fiなどの環境が整った場所で安心して仕事ができるのも保育園留学の人気の理由の一つ(写真提供:保育園留学)

家族ぐるみで地域に入ることで生まれる価値

上杉: 東京生まれで都会の暮らしが長かった山本さんが、保育園留学や移住という形で地域に身を置いて、どんなことを感じていますか?

山本: 大きく二つあって、一つ目は、留学することが地域のためになっていると感じます。都会に住んでいると、少子高齢化が進んでいて地域の産業や文化、ひいてはまちそのものがなくなるという危機感が今ひとつ分からないのですが、地域に行ってみると本当に人がいない。厚沢部町の場合は子どもが毎年約10人ずつ減ってきていて、このまま10年も経つとほとんどいなくなる可能性がある。そういうことに気づけます。近年はSDGsなどの潮流もあり、一つ一つのアクションが誰の役に立っているかとか、誰かを不当に苦しめていないかということが物事の判断基準の一つになってきた中、保育園留学は関係人口や移住の増加という形で社会的なソリューションが組み込まれている事業なので、利用している方も気持ちがいいんです。「このまちに来てくれてありがとう!」って感謝されるとうれしくなる。

もう一つ感じるのは、地域の人が自分のまちに対する自信を高めるきっかけになっていること。地域の誇りやシビックプライドと言われるものです。留学する人たちから見ればすごく豊かなまちなのに、「うちの地域には何にもない」と思っている地元住民も多い中で、保育園留学の提携先になると、「こんなにこのまちを求めて来てくれる人がいるんだ、ここはやっぱり素敵なんだ」と確信できる。こうした自信がまちの未来にもつながるように思います。

上杉: 留学する側も、迎える側もシンプルですね。関係人口やソーシャルキャピタルが目的になるんじゃなくて、「行って良かった」「来てくれて良かった」と素直に感謝し合えているのがとても良い。

山本: 保育園が外部と地域とのハブになっているからでしょうね、家族ぐるみで自然体で地域に入っていけます。初めて保育園留学した時、娘とアスパラ農家で収穫体験をさせてもらったり、地元婦人会の方が開く郷土料理の教室に参加させてもらったりしたんですが、2回目に留学した時に僕らのことを覚えていてくれてすごくうれしかった。子どもをきっかけに新しい人と出会い、つながり、また会いたいと思う人が自然とできる。

(写真提供:保育園留学)

河村: 僕も保育園を起点に出会いが始まったなと感じています。大森町は約400人が谷地形の中に住んでいるというまちのサイズ感もあり、普通に暮らしているだけで地域の人とつながっていく感じがあります。子どもにとっても、ちょうどいい規模感のまちだと思いました。朝、保育園に娘を送っていく道中でお決まりの人に会って「おはようございます!」と大きな声で挨拶して、「今日は保育園?」みたいな会話が始まって。田舎だと手に職を持っている人が多く、保育園の保護者の中にカフェをやっているとか、自然農で農業をやっているとか、そこから「自然農ってどんな様子か畑見せてもらえますか?」とさらにつながっていく。

大森町の保育園までの道すがらごまどうふ屋のおじさんと挨拶(河村撮影)

山本: 都会には人は大勢いるけれど挨拶したりしないですよね。地域だとお互いに名前と顔が一致していて、会えば挨拶もして清々しい気持ちになる。子どもにとっても、絵本みたいに全ての登場人物の名前が知れているというのは理解しやすい環境だと思います。

河村:人口が200万人、300万人のまちでは、地域をなかなか把握できないですよね。田舎に行くと、地名とその由来になった地形や歴史などが今もそのまま守られていて、地域の人たちもその範囲を共有していて、そういうことも自分が暮らしている地域を体感できる「手触り」につながっているのかなと感じました。

大森さくら保育園(写真提供:保育園留学)

子どもの新しい可能性が見えてくる

山本: この流れで行くと「地域っていいよね!」「じゃあ、元々地域に住んでいる子どもは最高だね!」という話にもなりそうなんですが、そこは僕は少しねじれていると見ていて、保育園留学だからこそ意味があると思っているんです。つまり、自分がふだん暮らしている都会のまちやコミュニティを抜け出して、全く別の土地やコミュニティへ飛び込むことが、子どもにとって大きな意味をなしている。田舎の子の普通は、都会の子の特別。異文化交流のように、価値の非対称性からメリットが生まれている所がポイントだと思います。

河村: それはすごく実感しています。地元の子は「土」、留学で外から入ってくる子は「風」みたいな関係だなと観察していて感じました。大森の子は面倒見がよくて、留学できた子との付き合い方がうまく、さすがな土壌ができているなと。そこにうちみたいに新しい子が風としてやってくることでまた変化が生じて良い土、土壌が作られる。お互いにとってすごく良いサイクルだと思います。
それと、留学する側としては、園でいつもと違う先生が子どもを見てくれることで、セカンドオピニオンみたいに子どもの違う性質を見つけてくれるのも良い。違う環境では子どもの違う面が出てくるので多くの気づきがありました。娘は慣れていない場所が苦手だと思っていたんですが、先生からは「そんなことないですよ、初日からみんなと仲良くしてますよ」とか、引っ込み思案な面が強いと思っていたのが「すごいひょうきんですね」とフィードバックをいただき、娘の新たな一面を発見できた。元々いた場所も捨てずに、こういった違った視点で子供を見てくれる新しい環境も体験できるので、定期的に利用したいユーザーも多いだろうと思います。

山本: 子どもも子どもなりに意外と自己の一貫性を持っているから、急に昨日とは違う自分にはなれない所を、保育園留学すると全く違う環境や友達の中で「デビュー」ができて、新しい面が解放されるんですよね。都市部だと「あれダメこれダメ」の枠が強いですが、それがバーンと外れた環境と保育スタイルの中で、子ども自身が自分の枠も外して可能性を引き出している感じはあります。

上杉: みんな保育園留学に行って、我が子の可能性に気づきましょう(笑)。子どもの未来に制限をかけたくないと思っている親が多い中で、子どもの多様な側面や家族の在り方を改めて見つめ直すきっかけになっているんですね。

大森さくら保育園(写真提供:保育園留学)

保育園留学の先にある、みんなが人生を謳歌できる未来

上杉: 保育園留学を通じて山本さん自ら暮らしが変わっていったりする中で、この事業の今後の展望や、地域とのこれからの関わり方については、どんなふうにお考えですか?

山本: 保育園留学は一言で言うと「希望」だと思っています。家族の未来、子どもの未来、地域の未来…そしてその先にもまだ何かがありそうな感じがするのが面白い。少年漫画の連載みたいに、続きがありそうな気がするんです。目線は100年先だと思って取り組んでいます。地域消滅など悲観的な話が多い中で、保育園留学とその周辺で起きていることに希望を感じています。

ふるさと納税の返礼品で保育園留学の費用の一部が払える「留学先納税」や、留学専用の子育て家族に特化した滞在施設「保育園留学の」、「ダイバーシティインストラクター」という外国人の先生を地域の園に登用する仕組み、子育て期間に中長期で地域に住む「やわらかな定住」を実現していく取り組みなど、保育園留学を起点にいろいろな方向へ可能性が伸びていくのが楽しみです。

(写真提供:保育園留学)

上杉: このサービスをきっかけに「生き方の再編集」をしようと思った人たちの周辺で提供できることが、これからたくさん出てくるということですね。それが100年先の地域や家族の在り方をつくっていくことにつながる。

山本: キッチハイクでは「人生を謳歌しよう」ということを、社員のスタンスとして思い切り言っているんです。「いろんなしがらみや制約がある中でも、“本当はこうありたいよね”をやってみるチャンスだよ」というのが、保育園留学の裏側にあるもう一つのメッセージかもしれません。みんなが人生を謳歌できる社会をつくっていくことを、僕らはやりたい。中でもまずは子育て世代に対するサービスを優先的に。なぜなら、子どもは未来そのものですから。

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保育園留学を通じて得られるのは、子どもの可能性を引き出すのびのびとした子育ての機会だけでなく、都会の日常の中でずっと棚上げしてきた人生や家族の在り方を根源的に見直し、人とのつながりの中で新たな生き方を試す時間でもある。自然に包まれながら家族ごと地域に中長期で滞在するうちに、地域が抱える問題に対する自分なりの関わり方も発見でき、ほしい未来を地域と共に創造していく一員にもなれる。

本当に謳歌したい人生を自ら描き創り出すためにも、このサービスを試してみてはいかがだろうか。

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※今回の保育園留学記事は、観光庁による企業ニーズに即したワーケーション推進に向けた実証事業の一環として作成しました。