【インタビュー・前編】「セルフビルドとはバックパッカー旅行のようなもの」『旅行人』の蔵前仁一さんが語るセルフビルドの魅力

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自らの旅を綴った『ゴーゴー・インド』や『ゴーゴー・アジア』など、数多くの旅行記を執筆し、個人旅行者向けの情報誌『旅行人』やバックパッカー向けのガイドブック『旅行人ノート』などを手掛ける出版社「旅行人」の発行人兼編集長である蔵前仁一さん。

「旅行人」が発行する書籍のほとんどは旅行や海外の文化をテーマにしたものだが、そのなかに『セルフビルド 家をつくる自由』という異色の一冊がある。日本全国の個性的なセルフビルド建築30軒を紹介し、セルフビルダーの想像力を掻き立てる本として高い評価を得ている。

今回は「この取材を通してセルフビルドに夢中になった」と話す蔵前さんに、自分で家を建てることの魅力について語っていただいた。


<プロフィール>
蔵前さん
蔵前仁一
1956年鹿児島県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒。イラストレーター、装幀家であり、個人旅行者向け情報誌『旅行人』、旅行ガイドブック『旅行人ノート』や、多くの作家の旅行記をメインに扱う出版社「旅行人」の発行人兼編集長。2007年には『セルフビルド 家をつくる自由』を出版。

 

家をセルフビルドできることを教えてくれたのは旅だった

これまでに旅した多くの国で、仲良くなった現地の人の家に遊びに行ったり町中で建築中の家を見ながら、「家を建てる=プロの仕事」という固定概念が覆ったという蔵前さん。

「アジアや中近東、アフリカの多くの国では家を作るときに建築士や大工に頼んだりせず、土や木を集めたり日乾し煉瓦を使って自分たちで建てている例がとても多いのです。もちろんその家は身近な材料だけで作られた簡素なものだけど、それでも家はできる、人が住めるという事実がとても新鮮だった」

工業製品をほとんど使わない「セルフビルドの極致」イランのサル・アガ・セイエド村
工業製品をほとんど使わない「セルフビルドの極致」イランのサル・アガ・セイエド村

その後、旅先で知り合った人を訪ねて北関東へ遊びに行き、そこで初めてセルフビルド住宅と出会った。以前の旅で感じた「家は自分でも作ることができる」という発見を体現するユニークな建物を目の当たりにし、セルフビルド建築にスポットを当てた本を作ろうと思いついたという。

取材を通じてセルフビルドの魅力のとりこに

「もともと手先が器用ではなく、金槌やドライバーさえほとんど使ったことがなかった」と語る蔵前さん。しかし、取材を通じて「これなら自分でもつくれるかもしれない」と思うようになったという。

映画の大道具のように4枚の壁を立たせて打ち付け、屋根を付けたセルフビルド建築
映画の大道具のように4枚の壁を作り、屋根を付けた知人のセルフビルド建築

「それまで工作とかにはまったく興味がなかったんだけど、セルフビルダーのみなさんがとても楽しそうに作業の様子を語るのを聞くうちに、面白そうだな、やってみたいなと考えるようになっちゃって」

セルフビルドの魅力は、何よりもその自由さ。自分にとって不要なものは省いたり技術が伴わない部分は何とか工夫して「とにかく形にすればいい」という考え方が気に入ったという蔵前さん。

「自分も含め、初心者はモノを作るとなると大げさに考えてオーバースペックになりがちだけど、実際取材をしていくうちに『もっと気楽に考えて良いんだ』ということが分かってきて、これなら大雑把な自分にもできるかもしれないと思ったんだ」

どこまでをプロに頼み、どこからを自分でやるか

「ゼロからセルフビルドで家を建てよう!」と意気込んだ蔵前さんだが、調べて行くうちに日本には多くの障害があることを知ったという。

「建築基準法はもちろんだけど、浄化槽の設置もセルフビルダーには頭の痛い問題。下水がない地域では浄化槽を付けることが法律で義務づけられているからね。もちろん素人が絶対できないわけではないけど、自分でやろうとするとかなり大変だし、たとえ下水があっても、そこに繋ぐためには免許を持っている人に依頼しないとダメ。さらに電気を引くためにも資格が必要だったり……。必要なことを洗い出してみると、すべて自分でやることはあまり現実的ではないという結論になって、職業柄、腰痛持ちでもあるから家は設計士に依頼することにしたんだ」

蔵前さん自作のウッドデッキ。足を単管パイプで組み(上)そこに木を敷いて完成(下)
蔵前さん自作のウッドデッキ。足を単管パイプで組み(上)そこに木を敷いて完成(下)

それでも「できることは自分でやりたい」という思いを話し、大工に外側だけ作ってもらい、建築家に教わりながら、仲間に手伝ってもらって、内装や手すり、タイル貼り、壁塗りなどは半年かけて地道にコツコツとDIYで仕上げたそうだ。

自分で段取りを考えてモノを作る。そのすべてが醍醐味

いよいよ自宅が建つと、必要なものを次々とセルフビルドでつくり始め、薪小屋や納屋、ウッドデッキ、さらには敷地内の階段までもつくってしまった。「最終目標は客室をつくること」なのだとか。
初心者がセルフビルドをするときに心がけたいこととして、蔵前さんは、「水平と垂直を出すことがすごく難しいが、これがとても大切」なのだと語る。
「ここで手を抜くと、例えひとつのズレは小さくても、最終的につじつまを合わせることが大変になっちゃうんですよ。段取りが分かってくればガタガタせずにキッチリ建てるコツがつかめるようになるはずなんだけど、なかなかうまくいかなくていつも苦労しています(笑)」

また、蔵前さんが思うセルフビルドの醍醐味は、完成する楽しみや喜びだけでなく、「問題解決のために頭を使い段取りを考え、実際に手を動かす試行錯誤」にあるという。
「作っている最中は面倒に感じることもあるけど、根気よくやれば誰にでもできるし、いつかは完成する。ただ、最初から精度を出そうとすると技術が伴わず、時間がかかって嫌になってしまうこともあるから、自分の技術の範囲内で小さなものからつくることにしました」

蔵前さん自作の納屋(左上)と薪小屋(左下)、および納屋の内部(右)
蔵前さん自作の納屋(左上)と薪小屋(左下)、および納屋の内部(右)

セルフビルドとは、バックパッカー旅行のようなもの

セルフビルドと言っても必ずしも建築コストが安いとは限らず、誰が見ても素晴らしいものができるという保証はない。けれども自分の頭で考えて作ることが楽しいから、蔵前さんはセルフビルドを敢えて選んでいるのだという。

「団体旅行ではなく個人旅行を選ぶ心理にどこか似ている。効率や手軽さのメリットを捨ててでも自分で考えて旅を作り上げて行く楽しみを選択することと通じるものがある」と蔵前さん。

「セルフビルドとバックパッカーは、共に最初の一歩のハードルがものすごく高く、勇気が要るという共通点がある。だけど始めてしまったら引き返すことはできないし、試行錯誤しながらでも自分のペースでやり通すしかない。もちろん向き不向きはあるけれど、『一歩を踏み出せるか』『目標到達までのイメージができるか』『楽しいと思えるか』がセルフビルダーやバックパッカーになるかならないかの分岐点かもしれないですね。特別な技術がなくても旅はできるし、小屋も建つと(笑)」

インタビューの後編では、セルフビルドだからこそできる蔵前さん流「味わいのある空間」について語っていただくほか、セルフビルドに必要な3つのチカラや、ライフワークともいえる旅行について、お話をうかがう。

【後編に続く】

旅行人

写真提供:蔵前仁一