【インタビュー・後編】「旅もいいけど、セルフビルドも面白い」『旅行人』の蔵前仁一さんが語るセルフビルドの魅力

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2007年に出版した『セルフビルド 家をつくる自由』の取材を通じて、セルフビルドの魅力に取り憑かれてしまった蔵前仁一さん。この本を制作するまでは工作も苦手で自分がDIYするとは思いもしなかったというが、今では週末になると電動工具を使って家周りの整備や小屋など、常に何かを作る生活を送っている。

インタビューの前編では、自宅に自分の手を加えることの楽しみや、バックパッカーとセルフビルドの意外な共通点について語っていただいた。後編では、セルフビルドだからこそできる蔵前さん流の「味わいのある空間」や、セルフビルドに必要な3つのチカラ、さらにはライフワークともいえる旅行についてお話を伺った。

前編はこちら ⇒ 「セルフビルドとはバックパッカー旅行のようなもの」『旅行人』の蔵前仁一さんが語るセルフビルドの魅力
<プロフィール>
蔵前さん
蔵前仁一
1956年鹿児島県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒。イラストレーター、装幀家であり、個人旅行者向け情報誌『旅行人』、旅行ガイドブック『旅行人ノート』や、多くの作家の旅行記をメインに扱う出版社「旅行人」の発行人兼編集長。2007年には『セルフビルド 家をつくる自由』を出版。

セルフビルドならではの、プロには出せない味わい

「せっかく自分の手を動かして作るのだから、プロのようにキッチリしてはつまらない、というかキッチリなんてつくれないので、そこを味になるように工夫せざるを得ない(笑)」と語る蔵前さん。建売住宅とは違うオリジナリティを出すことが、その住空間が持つ味わいになるのだという。

崖を削りコンクリートを流し込んで作った階段。タイルの模様に遊び心がある
崖を削りコンクリートを流し込んで作った階段。タイルの模様に遊び心がある

「何の知識もない素人が突然タイルを貼れと言われても無理だけど、最初のやり方さえ習えば、時間はかかるけど誰にでもできるはず。プロのようにきれいに貼ることは無理だけど、微妙なズレが『ゆらぎ』のようなものを生んで、それが良いヌケ加減になって空間に何とも言えない味わいが出る。タイルを1枚だけ色や形を変えたりすることも自分の感性でできるし、オリジナリティを好きなだけ出して遊ぶこともできる。セルフビルドや大掛かりなDIYは無理でも、注文住宅ならばタイル貼りくらいは自分でやらないともったいないと思うよ」

バングラデシュで購入した船舶用の真鍮製ハンガー兼帽子掛け
バングラデシュで購入した船舶用の真鍮製ハンガー兼帽子掛け

蔵前さんは以前の旅で買い集めた小物を自分の家に取り付けたり、最近は小物を探すのも旅先での楽しみになったという。

「インドで買ってきたドアノブやフックなどが使い道もなく家に放置されてたけど、やっと活躍の場を与えることができた。バングラデシュでは船の解体で出た真鍮製の金具や棚が安く手に入るから、それを持ち帰って家に取り付けたりして。それぞれ形やサイズが違ったり錆びていたりするんだけど、その不揃いさや年季の入り方がまた良い味になるんだよね」

インドで買った真鍮製の取っ手。内装に自分のテイストを盛り込むのも楽しい
インドで買った真鍮製の取っ手。内装に自分のテイストを盛り込むのも楽しい

セルフビルドに必要な「体力」「想像力」そして「協力」

蔵前さんの経験では、つくりたいものを完成までもちこむには、欠かせないものが3つあるいう。ひとつは力仕事に耐え得るだけの体力。もうひとつは、「こういうものが作りたい」と最初に頭に描く想像力。最後のひとつはパートナーの協力だと語る。

「ある程度大掛かりなものになると、根気よく作業を続けて行くことが必要。だからひとりで作業をすると、精神的にツラくてあきらめそうになることもある。そんなときパートーナーからの協力を感じられると、ずいぶん励みになるものです。僕の妻は力仕事もやるし、作業量は僕とほとんど同じですけど、そうでなくても、ひとりごとのような愚痴を聞いてくれ、完成したら褒めてくれて一緒に使ってくれれば、それだけでもかなり違います。最近はSNSで制作過程を発信して知り合いからの反応を見ることができる時代だけど、身近に誰かがいてサポートしてくれるのは精神的な支えとして大きいよね」

インド・ワルリー画風に壁に描いた絵も、蔵前さんが自身で仕上げた
インド・ワルリー画風に壁に描いた絵も、蔵前さんが自身で仕上げた

蔵前さんには単独作業をすすめない理由がもうひとつあるという。

「たぶん電動工具を使った作業になると思うけど、どんなに注意をしてもケガはつきもの。それも並大抵のケガじゃないこともあるから、緊急時に病院へ連れて行ってくれたり救急車を呼んでくれるパートナーがいた方が安心かな」

セルフビルドも楽しいけれど、やはり旅も面白い

最初の作品である薪小屋が完成して以来、ずっと何かを作り続ける生活を送る蔵前さんだが、2015年には『よく晴れた日にイランへ』という旅行記を出版。これからも旅することを続けて行きたいという。しかし、ここ10年ほどで「旅そのものに対する考え方が変わった」と語る。

取材で訪れたイランのサル・アガ・セイエド村(『よく晴れた日にイランへ』より)
取材で訪れたイランのサル・アガ・セイエド村(『よく晴れた日にイランへ』より)

「最近はどのガイドブックにも載っていない田舎を旅するようになって、何の情報もない場所へ行くことの面白さに初めて気づいた。昔は『旅行人』でガイドブックも作っていたけど、それは逆に旅行者の楽しみを奪っていたのかも?とまで思っちゃって。もちろん旅に出るには取っ掛かりが必要なこともある。でも、そこに記載されている情報量が多ければ多いほど良いとは思わないようになった。本当に旅をして面白い場所というのは、ガイドブックのさらに先にある場所なんだから」

さらに蔵前さんはこう続ける。

「例えば、自分がインドの話を本に書いても、『タージマハルがきれいだった』ではなく『タージマハルの横でだまされた』という話がほとんど。場所はストーリーに何の関係もない。思い出に残る話はガイドブックに載っている観光地にあるわけではなく、道中で『たまたま』出会う何かであり、目的地に至るまでの過程そのもの。だから移動のスピードを落として、なるべく効率悪く進むのがいい。寄り道としか思っていなかった場所で、ずっと心に残る『たまたま』が起こるかもしれないから」

現在休刊中の雑誌『旅行人』。復刊を望むファンの数も多い
現在休刊中の雑誌『旅行人』のバックナンバー。復刊を望むファンの数も多い

蔵前さんは、まだ見ぬ町や国へと旅する夢は持ち続けているが、今後の旅が現在休刊中の雑誌『旅行人』となって復刊するか、旅行記として書籍になるかは「実際に旅をしたときの気分次第」だという。

「行きたい場所や国はまだまだあるけど、自宅でのセルフビルドも楽しいから、仕事は減ったのにいくら時間があっても足りないよ。旅をするなら本を作るためではなく、若いときのような旅がしたいね。特に何もせず、ネパールのポカラに1カ月滞在するとか」

雑誌『旅行人』や蔵前さんの著作を読み、旅行ガイドブックの『旅行人ノート』を持って旅をしてきた読者にとっては、雑誌の復刊や新刊本に期待したいところ。しかし、セルフビルドの魅力をとても楽しそうに語る蔵前さんが次に何をつくるのか、それも楽しみだ。

旅行人
写真提供:蔵前仁一