第3回:経年変化したトタンに覆われた、石釜パン職人の小さな工房「Santeria」|フリーランスエディターのDIY的八ヶ岳暮らし

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こんにちは。フリーランスエディターの増村江利子です。
前回の記事では、東京・神楽坂から長野県諏訪郡富士見町に移住した私が、どんな暮らしをしているかを書きました。今回は、富士見にある小屋のなかでも、心を惹き付けてやまないパン工房「Santeria(サンテリア)」を紹介したいと思います。

ずっと前から存在していたかのような小屋

錆びて、経年変化したトタンに張り巡らされ、その上にアーティストのKAMIさんによるグラフィティが描かれた小さなパン工房「Santeria」は、JR富士見駅から徒歩5分ほどの住宅街の中にあります。

6畳ほどの空間で、パン職人の西村公孝さんが毎朝3時から焼き始め、1日につくられるパンは数十本。油脂をまったく使わず、生地をゆっくり長い時間をかけて発酵させ、約5時間かけて焼き上がるパンは、どれもずっしりと重みと歯ごたえを感じます。

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「今は科学先行の世の中だけど、自然が先行していた時代ってあったはずで。食べものは、シンプルで自然なものが一番美味しいに決まってると思うんです。レシピって、再現したり工夫したりはするけど、基本的には100年くらい前から変わらない。完成されたレシピが既にあるし、この富士見という環境は水もいいし、湿度も適度で、パンにとって最強の地。ここで美味しいパンが焼けなかったらダメだなと。(西村さん)」

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食パン、クルミレーズンのパン、いちじくとヘーゼルナッツのパン…。小さな工房「Santeria」は2012年のオープン以来、西村さんとパンと小さなパン工房がそこにあり続けただけでしたが、パンを求める人、パン工房を見にくる人、西村さんに会いにくる人が次第に増え、今では多くの人にとって欠かせない存在となっています。

100年前のパン工房を現代につくる

この通称“パン小屋”をつくったのは、八ヶ岳周辺を中心に、空間製作を手掛けるグランドライン徳永青樹さん。

外は固く、中は柔らかいフランスパンのような世界観をつくってほしいと、たったひとつの「固くて柔らかい空間がほしい」という要望をもとに、周辺地域の建物の改修や解体のときに出る古い材や石をつかって“パン小屋”がつくられました。

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写真左:西村公孝さん(きみちゃん) 写真右:徳永青樹さん

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「きみちゃん(西村さん)は、100年くらい前のパン職人が見ていたことと、同じところにフォーカスしている。きっとその時代って、工業製品としての建築資材やホームセンターで売られているような大量生産のDIY用資材じゃなくて、自分の身の回りにあるものや、自分の手が届く範囲の材料をつかって、みんな自分でつくっていたと思うんです。小商いを始めるとき、ビジネスプランやマーケティングから考えずに、手を動かして売ってみて試行錯誤を繰り返す、自分でやってみるしかないような感覚だったんじゃないかな。だから、見つけてきた古い材や石をつかうのはもちろん、先のことばかり考えずに、とにかく今目の前にあることに意識を集中してつくりました。(徳永さん)」

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パンを焼くという純粋な行為を、いかに美しく行うことができるか。西村さんが新たな世界を必要とする度、徳永さんによってパン小屋にも手が加えられ、パン小屋は、今もなおつくり続けられています。

「どんな素材をつかって、どうつくるのか、聞いたらつまらなくなっちゃうので、最終的には聞かなかったですね。何をどうするのか、楽しくなってきちゃって。とあるパン屋の店主に、3年経ったら嫌になるって言われたけど、3年経っても嫌になるどころか、ますます面白い。パンを焼いていて、こんなもんかななんて一度も思ったことはありません。徳永さんがパン小屋をつくってくれて、KAMIさんが絵を描いてくれて、砺波周平さんが撮影してくれる。周りの人たちが、みんな凄いんですもん。だから大変なんです(笑)。(西村さん)」

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印象的な外見に、シンプルで実用的、かつどことなく静けさを内装するパン工房「Santeria」は、いまや小屋好きにとって“いつか行ってみたい小屋”になっているといっても言い過ぎではありません。

そして私自身もそうですが、小屋そのものはもちろん、たくさんのクリエイターがこのパン小屋に惹き付けられ、そこに自分なりの気づきを見いだしていくのを見ているうちに、この小さなパン工房「Santeria」には、これからの時代を生きるための、何かしらのヒントがあるのではないかとさえ思うのです。

みなさんも機会があれば、小さなパン工房「Santeria」を訪れてみませんか?

写真:砺波周平