Local Life @ Okinawa

【インタビュー】東洋一美しい海に浮かぶ島!? 沖縄・来間島に住むクリエイターのライフスタイル

来間島展望台
YADOKARIをご覧のみなさま、こんにちは。私の住む沖縄は「うりずん」という春の季節が過ぎて、暖かい風とともに降雨で植物が潤い、ところどころで花が開く美しい季節を迎えています。

今回は、沖縄の離島で暮らすクリエイターがいるという噂を聞き、絶景の島・来間島(くりまじま)へと向かいました。

宮古島の南西部に位置する「来間島」は、とてものどかで小さな島。小さな集落と畑、そして美しいビーチが点在し、対岸には東洋一美しいとも言われている「与那覇前浜」の白い砂浜が続いています。宮古島とは来間大橋で結ばれているので、車で渡ることができ観光の人気スポットとしても知られています。

「都会の生活で薄れてしまっているものがこの島にはある」そう話してくださったのは、来間島に住むデザイナーの大島康生さん。Webも、グラフィックも、映像も何でもテレワークでこなすだけでなく、ご自宅兼カフェの「島茶家 ヤッカヤッカ」も奥さまと経営されています。

青い海と白い砂浜にかこまれた来間島へ移り住み、クリエイターとしての新しいライフスタイルを日々発信する大島さんに、来間島でのライフスタイルやテレワークという新しい働きかたについて語っていただきました。

きっかけは「沖縄の民謡にピンときたから」

大島康生さん
僕が20歳でバンド活動をしていたころ、偶然古い与那国島の民謡を耳にして、その独特のリズムに心を揺さぶられました。日本人としてアイデンティティーに目覚めた瞬間だった気がします。この音楽の近くで暮らし、音楽のある生活を送りたいと思うようになりました。

25歳の時にはじめて沖縄を訪れました。その年には結婚をして2人の子供が生まれたのですが、家族ができたことで、より「沖縄の豊かな自然やコミュニティの中で暮らしてみたい!」という想いが強くなりました。そこで移住に向けて独立し、テレワークで働くための準備をして、36歳で宮古島に移住しました。

移住したときから「不安を持っていても仕方がないな」と思っていました。だって、やってみなければ分からないですからね。ダメだったらその時はその時だ、という感じで。

島の人々と共に暮らすことには何も困難はありませんでした。文化の違いはありますが、驚いたり、微笑ましいなと思ったりするくらいでしたね。島では行事も多く、そういうものには積極的に参加しています。宮古島の食に欠かせない味噌を使った食文化にも自然と馴染みました。暑い季節には酢味噌でさっぱりと刺身をいただくのも良いですね。気候に合わせた食文化や生活の知恵があるのも魅力ですね。

移住してきた当時は、テレワークという働きかたはまだ非常に珍しかったと思います。でも、インターネットがある時代だからこそできる働き方。離島という場所に関係なく、本土からの制作案件をこなす日々をスタートしました。

家族はひとつのチーム。一緒に過ごす時間を大切にするようになった

島茶家 ヤッカヤッカ
来間島に移住してからは、家族をひとつのチームというように考えるようになりました。

特に、引っ越してきた直後は助け合いながら暮らす味方のような存在ですから、日々の生活の中で家族の絆というものをあらためて感じましたね。あとは、飲み歩かなくなりました(笑)。そういう意味でも、家族との時間を大切に過ごすことができています。

カフェを兼ねているこの自宅は、内装に自分たちで手を入れて手作り感を出しています。無いものはDIYしたり、どこかが壊れたら直したりするために大工道具を買いました。午前中はノコギリを握り、午後デザインの仕事をする……そういう切り替えも、リフレッシュになっているのかもしれませんね。

自然に囲まれてクリエイティブな仕事をするということ

来間島のビーチ
移住をしてからも、職業はデザイン制作を中心としたクリエイターです。

テレワークなので、仕事の内容や忙しさは本土にいたときと変わりません。ですが、外へ出るとすぐ近くに最高に美しい海と自然が広がっています。仕事で疲れて気分を回復したいときは、海に出かけてリフレッシュすることがいつでもできるのです。都会の真ん中で同じように働いていたら、こんなことはできないですよね。自然が好きなクリエイターにとっては、夢のワークスタイルではないでしょうか。

宮古島に移住する人をサポートするプロジェクトにも参画

来間島の伝統行事 ハーリー
来間島の伝統行事 ハーリー

現在、ITやクリエイティブを仕事としている人に向けて、宮古島で新しいライフスタイルを実現してもらうための「Re:charge」というプロジェクトに参画中です。宮古島のサテライトオフィスで人を雇用する取り組みで、これまで長い時間をかけて準備してきました。移住するにはやはり媒介者が必要。すでにこの島で暮らし、働いている先輩のような存在としてクリエイターの新しいライフスタイルをサポートできればと思っています。

まだこのような働きかたの仕組みを作っている段階ですが、雇用を生み出すことで、島の子どもたちの職業の選択肢が増えれば良いという思いもあります。そのためにも、ITやクリエイティブだけではなく、さまざまな職業の人がここへ移り住み働くようになってほしいですね。

まずは、宮古島全体で島をブランディングをするためのワークショップを開きたいですね。小さな島なので、住む人ひとりひとりが島の未来を担う存在。元々の住人も移住者も関係なく、みんなで島を豊かにしよう、良くしていこう、と日々考え取り組んでいます。そういう熱い想いを持った人に来てほしいと、島の誰もが願っています。

大島さんから学んだこと

来間島最大の行事ヤーマスプナカ
来間島最大の行事ヤーマスプナカ

移住がめずらしいことではなくなってきた今でも、小さな島で暮らすのにはいくつものハードルがあるのかもしれません。そのハードルを低くしようと取り組む大島さんをはじめ、想いを持って移り住んでくる人に対してあたたかく受け入れてくれる島の人たちの姿が印象的でした。

移住者だからこその想いやアイデアを島の人たちと共に叶えるために、日々協力し合い、喜びを分かち合い、そして結束を深める。テレワークという働きかたでクリエイティブな活動をしている大島さんは、島の人たちからも大きく頼られる存在なのだと、来間島で過ごした時間のなかで何度も感じました。

宮古島や来間島に行ってみたいと思ったなら、まず島を訪れてみてください。そのときはぜひ島の空気を感じてみてくださいね。

(写真提供:大島康生さん)

月極本3 特集「好きなお金、嫌いなお金。」

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